心室中隔欠損症の概要
心室中隔欠損症(Ventricular Septal Defect:VSD)は、心臓の先天性疾患の一つで、心臓の左心室と右心室を隔てている壁(心室中隔)に穴が開いている状態を指します。生まれつき心臓に何らかの異常を伴う先天性心疾患は約100人に1人(1%)の割合で起こると言われており、その中でも心室中隔欠損症は、先天性心疾患の20%を占める最も多く罹患する疾患です。心室中隔欠損症により心室の壁に穴が存在するので血液が交通し、欠損を通る血液は左心室から右心室へ流れます。右心室は肺動脈につながっており、肺動脈へ血液が多く流れることで、肺に多くの血液が送られることになり肺の血管の血圧が上昇して肺高血圧を起こします。症状を長年放置していると、肺高血圧が悪化し根治術である手術不能の状態になるので、適切な診断と治療が必要となります。
心室中隔欠損症の種類
心室中隔欠損症のほとんどは欠損が発生する位置により分類され、主に以下の種類があります。
膜性心室中隔欠損(Perimembranous VSD)
膜性VSDは、心室中隔の上部、三尖弁と大動脈弁の近くに位置する穴を指します。このタイプのVSDは、全VSDの約70-80%を占め、最も一般的なタイプです。膜性VSDは、しばしば自然に閉じる可能性がありますが、大きな欠損や合併症がある場合は手術が必要となることもあります。
筋性心室中隔欠損(Muscular VSD)
筋性VSDは、心室中隔の筋肉部分に存在する穴を指します。筋性VSDは通常、無症状であり、多くの場合、生後数年以内に自然に閉じます。ただし、大きな筋性VSDや複数の穴がある場合は、手術が必要となることもあります。
出口部心室中隔欠損(Outlet VSD)
出口部VSDは、心室から大動脈や肺動脈への血流の出口部分に位置する穴を指します。このタイプのVSDは、しばしば他の心臓の異常(例えば、大動脈弁の異常)と一緒に存在します。出口部VSDの治療は、その位置と関連する他の心臓の異常によって異なります。
収縮期後心室中隔欠損(Posterior VSD)
収縮期後VSDは、心室中隔の後部に位置する穴を指します。このタイプのVSDは比較的まれで、特定の治療法や管理が必要となることがあります。
非典型的な心室中隔欠損
非典型的なVSDは、上記のカテゴリーに分類されない、特殊な位置や形状のVSDを指します。これらのVSDは、個別の評価と特別な治療アプローチを必要とすることがあります。
心室中隔欠損症 発症の原因
心室中隔とは心臓にある「右心房、右心室、左心房、左心室」のうち、左心室と右心室の間を隔てる筋肉の壁のことです。心室中隔欠損症は、この左心室と右心室を隔てる壁の中隔に穴が開いている状態をいい、心臓の先天性疾患の一つとして知られています。心室中隔欠損症の発症は、遺伝的要因、母体の妊娠中の環境や生活習慣、関連する他の疾患や症候群など多くの要素が絡み合って発症を引き起こす可能性があります。主に以下の原因が考えられます。
先天性要因
多くの場合、出生前の何らかの段階で心室中隔の正常な発育が妨げられることによって発症します。具体的な発症のメカニズムは完全には解明されていませんが、遺伝的要因、母体の健康状態、妊娠中の特定の薬物の使用などが影響を与える可能性があります。
遺伝的要因
発症には遺伝的要因が関与していることが示唆されています。特定の遺伝子変異や染色体異常が、心室中隔の正常な発育を妨げることVSDが引き起こされる可能性があります。
環境・生活習慣要因
妊娠中の母体の環境や生活習慣も、胎児の心臓の発育に影響を与える可能性があります。例えば、妊娠中のアルコール摂取、喫煙、特定の薬物の使用、栄養不足などが、VSDの発症リスクを高める可能性があります。
他の疾患や症候群との関連
ダウン症候群やノン・シャフラン症候群など、他の遺伝性疾患や症候群と関連してVSDを発症することがあります。これらの症候群は、心臓の異常を伴うことが一般的であり、VSDもその一部として現れることがあります。
心室中隔欠損症の症状
心室中隔欠損症の症状は、その大きさや位置、また関連する他の心臓の問題によって症状が異なります。以下のような一般的な心室中隔欠損症の症状と種類ごとの特徴的な症状があります
一般的なVSDの症状
- 息切れ・呼吸困難感:授乳や食事中に息をするのが難しく
- 発育遅延: 体重の増加が遅れることがあります。
- 呼吸器感染のリスク:肺炎などに罹患するリスクがあります。
- 疲労感:運動時の疲れやすさ:があり、特に大きなVSDの場合は顕著に症状として現れる可能性があります。
膜性心室中隔欠損の症状
膜性VSDは最も一般的なタイプであり、小さなものであれば無症状であることが多いです。しかし、大きな膜性VSDでは、左から右への血流が増加し、肺への血流過多による肺高血圧症を引き起こす可能性があります。肺高血圧症になると、呼吸数の増加や陥没呼吸(肋骨の下が凹む呼吸様式)という心不全に伴う呼吸器症状が初めに見られ、呼吸が苦しいことで哺乳不良や体重増加不良による発育遅延のリスクがあります。
筋性心室中隔欠損の症状
筋性VSDは通常小さく、多くは生後数年で自然に閉じます。そのため、無症状であることが多いです。ただし、複数の筋性VSDがある場合や、特定の位置にある場合(例えば、心室の出口付近)、症状が現れることがあります。
出口部心室中隔欠損の症状
出口部VSDはしばしば他の心臓の異常(例えば、大動脈弁の異常)と一緒に存在します。これらの関連する異常によって、症状が変わる可能性があります。例えば、大動脈弁の異常がある場合、血流の動きが異常となり、心臓に追加のストレスがかかる可能性があります。
心室中隔欠損症の診断
聴診
医師は胸部を聴診することで心音を聞き取ることができます。VSDは、特徴的な心雑音を持っていること が多く、初期の診断の手がかりとなります。
心エコー検査
心エコー検査は、心臓の詳細な画像を提供する非侵襲的な検査です。欠損部位や欠損孔の大きさ、右室圧な ど重要な情報を得ることが可能であり、VSDの確定診断にも用いられます。
心電図検査
心電図は心臓の電気的な活動を記録する検査です。VSDによる右室肥大または両室肥大のほか左房拡大な どを伴う特徴的な心電図波形が見られることがあります。
胸部X線検査
胸部X線は、心臓のサイズや形状、肺の血流の状態を評価します。VSDによって心臓が拡大しているか、肺 に過剰な血流があるかを評価する事に役立ちます。
遺伝学的テスト
先天性疾患が疑われる場合や家族歴がある場合などの特定のケースにおいて、遺伝学的テストが推奨される ことがあります。
心室中隔欠損症の保存的治療・対症療法
心室中隔欠損症は、左心室と右心室の心室間に穴が存在する状態で、治療方法は、VSDの大きさ、位置、および患者の症状や全般的な健康状態によって異なります。欠損が小さく、症状が見られない場合は外来観察となり、自然に欠損が閉鎖するケースもあります。多くのケースでは保存的治療や対症療法が行われ、欠損が大きく心不全症状が見られる場合は手術が必要になることがあります。肺高血圧の悪化により心不全症状が重症化すると手術ができなくなる可能性もあるので適切な診断と早期治療が重要となります。
経過観察
欠損が小さく無症状や症状が軽く病態が安定している場合には、経過観察が選択されます。定期的な医療チェックと検査を通じて病態の進行を把握し、適切なタイミングで治療を検討します。
薬物療法
心臓の負担を軽減するために、利尿剤(利尿作用を持つ薬)心臓の収縮を改善する薬(降圧薬)などが使用される場合があります。これらの薬物は症状の改善や心機能の安定化に役立ちます。
栄養療法
特に新生児や小児の場合、VSDによるカロリー消費の増加や食事中の息切れにより適切な栄養摂取が困難な場合があります。栄養士と連携して、カロリー密度の高い食事や特別な栄養サポートを提供することが重要です。
呼吸困難の管理
呼吸困難がある場合、酸素療法が行われることがあります。これにより、患者様の酸素飽和度を改善し、呼吸困難の症状を軽減します。
心不全の管理
心不全の症状を緩和するために、利尿剤や降圧薬などが使用されます。また、食事や運動の制限、塩分制限も行われることがあります。
感染予防
VSDを持つ患者様は、感染性心内膜炎のリスクが高まる可能性があります。特定の手術や抜歯などの医療処置を行う前に、抗生物質の予防投与が推奨されることがあります。
心室中隔欠損の外科的治療(手術について)
心房中隔欠損に対しては
①開胸して直接穴を防ぐ外科手術
②閉鎖栓を使ったカテーテル治療
の2つの治療法があります。
心室中隔欠損閉鎖術 手技手順
具体的な手術方法は症例によって異なりますが、一般的な心室中隔欠損閉鎖術は、以下のような手順で行われます。
①開胸:全身麻酔下にて、執刀医のDrが開胸を行います。
②体外循環開始:手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せます。心筋保護液という薬剤を心臓に流し、心臓の拍動を停止させ、心臓の動きを完全に停止させます。
③心房中隔の修復:心臓を切り開き、心房中隔の修復を行います。必要に応じて自己心膜やゴアテックスパッチやフェルトなどを使い、心筋の修復が行われます。
④心臓機能の回復:切り開いた心臓を縫合し、心臓を拍動させた後、人工心肺を停止し、心臓の動きが自然に回復することを確認します。
⑤閉胸:患者様の全身状態に注意しながら閉胸し、手術終了です。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
心室中隔欠損症(VSD)とは何ですか?
心室中隔欠損症(VSD)は、心臓の左心室と右心室を隔てる心室中隔に穴が開いている先天性心疾患です。この穴により、血液が左心室から右心室へ流れ、肺への血流が増えて肺高血圧を引き起こす可能性があります。
心室中隔欠損症の原因は何ですか?
心室中隔欠損症の発症原因は多岐にわたり、遺伝的要因や母体の健康状態、妊娠中の特定の薬物の使用などが関与することが示唆されています。しかし、具体的な発症メカニズムは完全には解明されていません。
心室中隔欠損症の症状はどのようなものですか?
症状はVSDの大きさや位置によって異なりますが、一般的な症状には息切れ、呼吸困難感、発育遅延、呼吸器感染のリスク増加、疲労感があります。大きな欠損がある場合は、肺高血圧症のリスクも高まります。
心室中隔欠損症の診断方法は何ですか?
診断には、聴診、心エコー検査、心電図検査、胸部X線検査などが用いられます。これらの検査により、欠損部位や欠損孔の大きさ、心臓の機能状態などが評価されます。
心室中隔欠損症の治療方法は何ですか?
治療方法はVSDの大きさ、位置、患者の症状や全般的な健康状態によって異なります。小さい欠損で症状がない場合は経過観察が選択されますが、大きな欠損や合併症がある場合は手術が必要となることがあります。また、薬物療法や栄養療法、感染予防などの対症療法も重要です。
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【参考文献】
・国立循環器病研究センター
https://www.ncvc.go.jp/hospital/section/ppc/pediatric_cardiovascular/tr04_vsd/・一般社団法人日本小児外科学会
http://www.jsps.or.jp/archives/sick_type/shinshitutyukaku-kessonshou・日本心臓血管外科学会
https://jscvs.or.jp/surgery/4_1_syujutu_sinzou_sinsitukesson/・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_d.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)