胎児心臓超音波スクリーニング支援システム
理化学研究所、国立がん研究センター、昭和大学が共同開発した、胎児心臓超音波スクリーニングを支援する人工知能(AI)システムが、2024年7月29日付で厚生労働省から薬事承認を取得しました。
このシステムは、超音波検査で胎児の心臓に異常がないかスクリーニングする際に、検査者の診断を支援するものです。
AIシステムの期待される効果
本研究成果は、胎児の超音波診断を支援するだけでなく、以下の点で大きな期待が寄せられています。
重症先天性心疾患の早期発見
早期に治療が必要な重症かつ複雑な先天性心疾患の見落としを防ぎ、早期診断や綿密な治療計画の立案に貢献します。
医療格差の是正
- 日本の少子化と産婦人科医の不足、偏在といった課題への対応として、検査者間の技術格差や地域間の医療格差を埋める役割を果たします。
- 特に、専門医の少ない地域において、高度な診断支援を提供することで、医療の質向上に繋がることが期待されます。
産婦人科医療の発展
AIシステムの導入により、産婦人科医療のさらなる発展に貢献することが期待されます。
超音波診断支援AIの必要性
超音波検査の課題
超音波検査は、簡便性と非侵襲性に優れ、幅広い医学領域で広く利用されています。しかし、超音波プローブを手動で操作して画像を取得するため、以下の課題が存在します。
検査者間の技術格差
検査者の熟練度によって診断の精度が左右されやすく、技術格差が生じやすい。
画像の画質低下
音響陰影の影響で、超音波画像の画質が低下することがある。
胎児心臓超音波スクリーニングにおける課題
胎児心臓超音波スクリーニング検査は、全ての胎児を対象に行われます。しかし、胎児心臓は小さく複雑な構造をしており、さらに拍動もあるため、高度な診断技術が求められます。
高度な診断技術の必要性
胎児心臓の構造や機能を正確に評価するためには、高度な知識と経験が必要です。
検査者間の技術格差
検査者間の技術格差が大きく、診断の精度にばらつきが生じることがあります。
先天性心疾患の出生前診断率の低さ
検査者間の技術格差や診断の難しさから、先天性心疾患の出生前診断率は十分とは言えません。
地域差
専門医の不足や医療機関の偏在により、地域差が生じています。
これらの課題を解決するために、理化学研究所、国立がん研究センター、昭和大学が共同で、胎児心臓超音波スクリーニング支援システムの開発に取り組んできました。
研究手法
AIシステムの開発
物体検知技術の適用
胎児心臓超音波スクリーニング動画において、正常な心臓血管構造の18部位を検出するために、物体検知技術を適用しました。
部位検出情報の可視化
検出された部位を色付き枠で提示し、2次元データに変換してバーコード形式で表示することで、検査者が容易に理解できるようにしました。
検出率グラフの提示
心臓部と流出路の部位検出結果を検出率グラフで提示することで、異常を疑う所見をより明確に示しました。
性能評価
単体性能試験
胎児心臓超音波スクリーニング動画(妊娠18~36週、正常262例、異常38例)を用いて、AIシステムの部位検出精度を評価しました。
医師読影試験
全国から非熟練医(産婦人科専門医、研修医)44人と熟練医(胎児心エコー認証医)6人が参加し、正常例・異常例をランダムに配置した60動画に対して、検査者単独とAIシステム併用で読影を行い、正常異常判定精度を比較しました。
評価項目
感度
正常動画から抽出した静止画に含まれる部位数を分母として、AIシステムで正常部位と正しく検出された部位数を分子とする割合。
特異度
正常動画から抽出した静止画に含まれていない部位数を分母として、AIシステムで正常部位と検出されていない部位数を分子とする割合。
非熟練医の正常異常判定に対する感度
AIシステムの部位検出結果の提示を受けた非熟練医の正常異常判定に対する感度。
非熟練医の正常異常判定に対する特異度
AIシステムの部位検出結果の提示を受けた非熟練医の正常異常判定に対する特異度。
研究結果
高い部位検出精度
AIシステムの正常部位検出に対する感度は93.5%、特異度は95.9%と、高い精度を示しました。
非熟練医の診断精度向上
AIシステム併用による非熟練医の正常異常判定に対する感度は78.4%と、検査者単独の73.6%より有意に高く、特異度も向上しました。
これらの結果から、AIシステムは十分な正常部位検出性能を示し、その併用により非熟練医の正常異常判定精度を有意に改善することが分かりました。
表1 非熟練医の医師読影試験の結果
読影方法 | 専門医 | 研修医 | 全体 |
単独 | 78.5% | 63.2% | 73.6% |
併用 | 83.0% | 68.6% | 78.4% |
注記: 表は、非熟練医(産婦人科専門医、研修医)における単独(AIシステムを使用せず検査者単独で判定)および併用(AIシステムを参照して判定)での正常異常判定の精度を比較したものです。
システムの提供方法
薬事承認を取得した胎児心臓超音波スクリーニング支援システムはクラウド環境で提供されます。超音波画像診断装置からキャプチャーボックスを経由してビデオ信号で映像を取得し、クラウドサーバ上で解析後、解析結果を汎用コンピュータ画面に表示します。解析結果はクラウドサーバ上に保存することも可能です。
主な機能
- 検査者の超音波診断を補助するツールとして機能します。
- AIシステムが提供する情報は診断の参考情報として活用し、最終的な診断は専門知識を有する医師が行います。
操作方法
胎児の全身を観察している間(20~30分)に、胎児心臓スイープ動画(10秒)を取得します。スイッチを操作すると、自動的に取得映像がクラウドサーバへ送信され、クラウドサーバ上でAI解析後、汎用コンピュータ画面に解析結果が表示されます。検査者は同一検査中に解析結果を確認することができます。
今後の展望
超音波診断支援AIの更なる発展
本研究グループは、世界に先駆けて胎児心臓超音波スクリーニング支援システムを開発し、AI搭載医療機器プログラムとして薬事承認を取得しました。これまで、超音波画像の精度管理の難しさから、超音波診断支援AIの研究開発は、日本だけでなく欧米でも他の医療用画像診断機器と比較して進んでいませんでした。しかし、今回の成果は、超音波診断支援AI分野における大きな一歩となります。
今後、画像精度管理の課題を一つずつ克服し、基盤技術を積み重ねていくことで、幅広い医学領域を対象とした超音波診断支援AIの実臨床応用が加速することが期待されます。
AIを活用した産婦人科医療の未来
日本の少子化と産婦人科医療体制の課題を踏まえ、超音波診断支援AIをはじめ、AIやICTを活用した医療の変革が求められています。
具体的には、以下の取り組みが期待されます。
- 診療ワークフローの効率化: AIによる自動化や補助機能の導入により、医療従事者の負担軽減と診療効率の向上を目指します。
- 遠隔診療・地域医療連携の推進: AIを活用した遠隔診断や情報共有システムの構築により、地域格差の是正や医療アクセス改善に貢献します。
本研究グループは、臨床現場でAIシステムの実証実験を実施し、医療従事者や患者からのフィードバックを収集しながら、より臨床現場に適したAIシステムの運用を目指します。
AI技術の進歩は、産婦人科医療の質向上と持続可能な医療体制構築に大きく貢献すると期待されます。
よくある質問
Q: 胎児心臓超音波スクリーニング支援AIシステムとは何ですか?
A: 胎児心臓超音波スクリーニング支援AIシステムは、理化学研究所、国立がん研究センター、昭和大学が共同開発したAI技術で、胎児の心臓に異常がないかをスクリーニングする際に、検査者の診断を支援するシステムです。2024年7月29日に厚生労働省から薬事承認を取得しました。
Q: AIシステムの導入により期待される効果は何ですか?
A: AIシステムの導入により、重症先天性心疾患の早期発見、医療格差の是正、産婦人科医療の発展が期待されています。特に、技術格差を減らし、地域間の医療格差を埋めることで、医療の質向上に貢献します。
Q: 超音波診断支援AIの必要性はなぜ高まっているのですか?
A: 超音波検査は非侵襲的かつ手軽に実施できるため、多くの医療現場で利用されていますが、検査者の技術格差や画像品質の問題が診断精度に影響を与えています。AI支援によりこれらの課題を克服し、診断の精度と均一性を向上させる必要性が高まっています。
Q: 研究で使用されたAIシステムの性能はどのように評価されましたか?
A: AIシステムは、胎児心臓超音波スクリーニング動画を使用して、部位検出精度が評価されました。感度93.5%、特異度95.9%という高い精度を示し、非熟練医の診断精度も向上させることが確認されました。
Q: 今後のAI技術の発展についてどのような展望がありますか?
A: 超音波診断支援AIは、これまで他の医療用画像診断機器と比べて開発が遅れていましたが、今回の成果はその分野における大きな一歩です。今後、超音波診断支援AIは様々な医学領域に応用され、医療ワークフローの効率化や地域医療の質向上に貢献すると期待されています。
【参考文献】
国立がん研究センター
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/0906/index.htmlQlifePro
https://www.qlifepro.com/news/20240917/ai-fetal-ultrasonographic-examination.html
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例