大血管転位症の概要
大血管転位症は、心臓の大血管が正常と異なり、右心室から大動脈、左心室から肺動脈が出ている大動脈と肺動脈の位置が逆の状態(転位=位置が正常と逆という意味)を指します。また、新生児期にチアノーゼを呈する先天性心疾患の中で最も多く、心臓の先天性疾患の1.8%、約5000人に1人が罹患する疾患です。
正常では右心室には肺動脈が接続され酸素飽和度が少ない血液を肺に送り、左心室には大動脈が接続され酸素飽和度が多い血液を心臓や全身に送ります。
大血管転位症は、大動脈と肺動脈が入れ替わっているため血液の流れが正常と異なり、酸素の豊富な血液は肺と心臓の間を循環するので全身に循環されません。特徴として出生時に重度のチアノーゼ(唇と皮膚の色が青みがかる)や呼吸困難などの症状が現れ、全身への酸素供給に影響を与え、様々な症状や合併症を引き起こします。大血管転位症の診断が確定すれば外科治療を計画し全例が手術治療の適応となります。
大血管転位症の種類
大血管転位症は、右心室に大動脈が、左心室に肺動脈が接続された状態であり、心室中隔欠損症、肺動脈弁狭窄症などの他の心奇形の合併があるか否かによって3つに分類されます。以下は3つの分類の特徴です。
I型(心室中隔欠損がない状態:約50%)
通常、心室中隔欠損がない状態であり、酸素飽和度の高い血液が、左房→左室→肺動脈と流れ、酸素飽和度の低い血液が、右房→右室→大動脈へと流れます。全身への必要な酸素供給ができないため、出生後の新生児期に強いチアノーゼを呈します。チアノーゼの症状改善目的でバルーン心房中隔裂開術(BAS)を生後すぐに行う場合があります。
II型(心室中隔欠損がある状態:約30%)
心室中隔欠損がある状態であり、肺血流が増加するために軽度チアノーゼ、多呼吸、哺乳困難、乏尿などの心不全症状が見られます。手術においては心室中隔欠損を閉鎖する必要があります。
III型(心室中隔欠損と肺動脈狭窄を合併した状態:約20%)
心室中隔欠損と肺動脈狭窄を合併した状態であり、肺動脈弁狭窄を合併しているため、肺の血流減少によりチアノーゼを強く呈することがあります。チアノーゼの症状が強い場合、肺の血流を増やす目的としてプロスタグランジン療法を行うことがあります。
大血管転位症 発症の原因
胎児の心臓は、妊娠初期に形成され、その後急速に発達します。大血管転位症は、この初期の心臓の発達過程で、大動脈と肺動脈が正しく配置されないことで発生する生命に関わる先天性心疾患です。大血管転位症の正確な発症原因は明確ではありませんが、主に以下の原因が考えられます。
遺伝的要因
特定の遺伝子変異や染色体異常が関与している可能性があります。例えば、ダウン症候群の患者様は、大血管転位症を含む心奇形のリスクが高まります。心臓の先天性疾患の家族歴がある場合も、そのリスクが高まる可能性があります。
環境的要因
妊娠初期における特定の薬物やアルコールの摂取は、胎児の心臓の発達に影響を与える可能性があります。 糖尿病やループスなどの慢性疾患を持つ母体は、胎児の心臓発達に影響を与える可能性があり、母体の健康状態も発症の要因となります。35歳以上の高齢出産も、先天性心疾患のリスクが高まるとされています。
大血管転位症の症状
大血管転位症は、大動脈と肺動脈の位置が正常と異なる状態であり、新生児期にチアノーゼを最も多く呈する先天性心疾患です。以下のような心不全症状が現れることがあります。
- ・チアノーゼ
- ・呼吸困難(多呼吸)
- ・疲労感
- ・哺乳困難
チアノーゼは、唇と皮膚の色が青みがかる状態です。大血管転位症では、酸素を含まない静脈血が全身に送られ、酸素が豊富な血液が肺に戻ります。そのため全身に必要な酸素供給が不足し、チアノーゼが症状となって現れます。全身への必要な酸素供給の不足により、呼吸回数を増やして酸素を供給しようとします。心不全の症状が進行すると哺乳中に呼吸をするのが困難になり哺乳自体が心臓に負担をかけることがあります。全身に必要な酸素や栄養が不足することにより、正常な発育が妨げられ発育遅延に繋がることがあります。
大血管転位症の診断
聴診
医師は胸部を聴診することで心音を聞き取ることができます。大血管転位症の場合、心室中隔欠損や肺動脈狭窄などの合併心奇形により心雑音が聴取されることがあります。
心電図検査
心電図は心臓の電気的な活動を記録する検査です。大血管転位の場合、右軸偏位や右室肥大などの心電図波形が見られることがあります。
胸部X線検査
胸部X線は、心臓のサイズや形状、肺の血流の状態を評価します。大血管転位によって心臓が拡大しているか、肺に過剰な血流があるかを評価する事に役立ちます。
心エコー検査
心エコー検査は、心臓の詳細な画像を提供する非侵襲的な検査です。大血管転位症の確定診断には、心エコー検査が用いられます。心臓の構造と血流を視覚化し大動脈と肺動脈の位置や形状を詳細に評価します。
胎児心エコー検査は、胎児の心臓の構造を詳しく調べる非侵襲の検査です。大血管転位症を含む先天性心疾患の出生前診断に用いられます。
心カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、心臓に細い管(カテーテル)を挿入し、直接心臓内部の圧力や血液の流れを測定する検査です。大血管転位症の場合、治療方針や手術方法を検討する際に、冠動脈の走行の精査や心室中隔欠損の有無、位置などを確認するために検査が行われることがあります。
大血管転位症の保存的治療・対症療法
大血管転位症は、出生後より診断が確定すれば外科的治療が計画されます。完全大血管転位症の分類や症状などによって手術内容は異なりますが、長期にわたるフォローが必要になります。
大血管転位症は、通常生後すぐに治療や手術を要する重大な疾患です。手術がすぐに行えない状況においては、一時的な安定化を図るための保存的治療・対症療法が行われます。
プロスタグランジン療法
大血管転位症は、血液の流れが正常と異なるため酸素の豊富な血液が全身に循環されません。動脈管は通常出生後に自然に閉じてしまうため、一時的に血流を改善する目的で動脈管を開放状態に保持するプロスタグランジン療法が行われます。プロスタグランジンE1の静脈点滴により動脈管を開いた状態に保つことで大動脈から肺動脈へ血液が流れて肺血流量が増加し、酸素の豊富な血液が全身に流れます。プロスタグランジンE1の持続点滴により状態が不安定になることがあるため、薬の投与中は綿密にモニタリングを行う必要があります。
バルーン心房中隔裂開術(BAS)
チアノーゼの症状が強い場合に症状の改善目的でバルーン心房中隔裂開術(BAS)を行うことがあります。バルーン心房中隔裂開術(BAS)は、バルーンカテーテルを開存した卵円孔を通して左房まで挿入し、バルーンを膨らませて一気に右房まで引き抜くことで心房中隔の開口部を拡大します。この治療法によって卵円孔が広がり、酸素の豊富な血液が全身に流れるようになります。
薬物療法
心臓の負担を軽減するために、利尿剤(利尿作用を持つ薬)心臓の収縮を改善する薬(降圧薬)などが使用される場合があります。これらの薬物は症状の改善や心機能の安定化に役立ちます。
呼吸困難の管理
呼吸困難がある場合、酸素療法が行われることがあります。酸素飽和度を改善し呼吸困難の症状を軽減します。
栄養療法
特に新生児や乳児の場合、大血管転位症によるカロリー消費の増加や哺乳中の息切れにより適切な栄養摂取が困難な場合があります。栄養士と連携して、カロリー密度の高い食事や場合によっては経管栄養などの特別な栄養サポートが重要になります。
大血管転位の治療法(手術について)
治療の基本は、心臓手術です。
完全大血管転位症は心室中隔欠損のない1型、心室中隔欠損がある2型、心室中隔欠損と肺動脈狭窄(左室流出路狭窄)を有する3型に分類されます(図)。1型および2型では生理的な肺血管抵抗が低下する生後1~2週間程度を目安にJatene(ジャテーン)手術を行います。肺血管抵抗が低下してしまうとその手前にある左心室の圧も下がってしまい、根治手術後に全身に血液を送り出すための左心室の能力を維持することが難しくなります。このような場合には肺動脈絞扼術±体肺動脈シャント手術を行うことで左心室を鍛えなおし、その後にJatene手術を行うことがあります。3型では、乳児期~幼児期にRastelli手術(または心外導管を用いないRev手術など)を行います。肺動脈狭窄が高度でチアノーゼ(低酸素血症。静脈血が動脈血に混ざることで、動脈血液中の酸素が少なくなる状態)が強い場合や肺動脈自体が低形成な場合、肺血流を増加させ肺動脈の発育を促すことを目的として、乳児期早期に体肺動脈シャント手術を先行手術として行います。
大血管転位(Jatene手術)手技手順
手術方法は症例によって異なりますが、1型、2型の大血管転位症の手術は、ジャテーン手術(動脈スイッチ手術)を行います。
- 開胸:全身麻酔下にて、執刀医のDrが開胸を行います。
- 体外循環開始:手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せます。心筋保護液という薬剤を心臓に流し、心臓の拍動を停止させ、心臓の動きを完全に停止させます。
- 大血管の入れ替え:心臓を切り開き、動脈スイッチ手術が行われます。さらに大動脈から分岐する冠動脈を離断し、肺動脈へと吻合します。
- 心臓機能の回復:切り開いた心臓を縫合し、心臓を拍動させた後、人工心肺を停止し、心臓の動きが自然に回復することを確認します。
- 閉胸:患者様の全身状態に注意しながら閉胸し、手術終了です。
大血管転位(Rastelli手術)手技手順
手術方法は症例によって異なりますが、3型の大血管転位症の手術は、Rastelli手術(動脈スイッチ手術)を行います。
- 開胸:全身麻酔下にて、執刀医のDrが開胸を行います。
- 体外循環開始:手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せます。心筋保護液という薬剤を心臓に流し、心臓の拍動を停止させ、心臓の動きを完全に停止させます。
- パッチ/人工血管の吻合:左心室から心室中隔欠損を通って大動脈に血液が流れるように、心臓の中に間仕切りをしてパッチをあてます。右心室から肺動脈の間は人工血管でつないで血液が流れるようにします。
- 心臓機能の回復:切り開いた心臓を縫合し、心臓を拍動させた後、人工心肺を停止し、心臓の動きが自然に回復することを確認します。
- 閉胸:患者様の全身状態に注意しながら閉胸し、手術終了です。
関連手術:BTシャント 肺動脈絞扼術
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
関連記事
【参考文献】
・国立循環器病研究センターhttps://www.ncvc.go.jp/hospital/section/ppc/pediatric_cardiovascular/tr09_tga/
・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_d.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)