動脈管開存症の概要
動脈管開存症(Patent Ductus Arteriosus:PDA)は約2000人に1人罹患する心臓の先天性疾患の一つで、通常出生後まもなく閉鎖する肺動脈と大動脈をつなぐ動脈管が閉じずに開いたまま存在する状態を指します。動脈管開存症は、心室中隔欠損症に次ぐ約5~10%の頻度でみられる先天性心疾患であり、本来全身に流れる酸素の豊富な血液が減少し動脈管を通って肺動脈へ多く流れてしまう状態です。動脈管の太さにもよりますが多くの場合、大動脈から肺動脈へのシャントが発生し、肺血流が増加し心臓の負担が増えることで肺うっ血による心不全症状が現れます。他の先天性心疾患を合併しやすく、症状や合併症などによって治療内容が異なります。
動脈管開存症 発症の原因
出生前の胎児は肺で呼吸しないため、肺動脈から肺へ多くの血液を送る必要がなく、肺動脈から直接大動脈へ血液が流れるために動脈管が存在しています。正常の場合、出生後に肺呼吸を開始すると肺に多くの血流が必要になるため動脈管が閉塞し、2~3週間以内に自然に閉鎖します。それが何らかの原因によって閉鎖されない状態が動脈管開存症です。主に以下の原因が考えられます。
遺伝的要因
胎児の心臓の発育過程で、動脈管が正常に閉じない原因となる発生学的な異常が考えられます。
環境的要因
- ・母体の栄養状態、感染症、ストレス、薬物の使用などが胎児の心臓発育に影響を与え、リスクを増加させる可能性があります。
- ・早産児、特に極低出生体重児は、正期産と比べて酸素の反応が鈍く、動脈管が自然に閉じるプロセスが未熟であるため発症リスクが高まります。
その他
- ・妊娠中に母親が風疹ウイルスに感染した場合、胎盤を経由して胎児が先天性風疹症候群を発症することがあります。先天性風疹症候群の罹患により発症リスクが高まります。
- ・出産時に伴うトラブルや他の先天性心疾患によって血液中の酸素が不足した状態になることも発症のリスクを高めます。
動脈管開存症の症状
動脈管開存症は、動脈管の太さによって症状が異なります。動脈管が細ければ無症状で経過することが多く、成人してから検診や病院などの検査をで疾患が見つかることもあります。動脈管が太く多くの血液が肺に流れる場合は、肺と心臓に負担がかかり以下のような心不全症状が現れることがあります。
- 呼吸困難(多呼吸、息切れ)
- 疲労感
- 体重増加不良
- 哺乳困難
動脈管開存症に伴う長期間の肺への血流増加によって肺高血圧を引き起こす可能性があります。また感染性心内膜炎を発症するリスクも高く、急な発熱や原因不明の感染症がある場合、感染性心内膜炎を疑い適切な検査と治療を行う必要があります。心不全の症状が進行すると哺乳中に呼吸をするのが困難になり哺乳自体が心臓に負担をかけることがあります。全身に必要な酸素や栄養が不足することにより、正常な発育が妨げられ発育遅延に繋がることがあります。
動脈管開存症の診断
聴診
動脈管開存症は、特徴的な心雑音が聴取されることがあります。
心電図検査
心電図は心臓の電気的な活動を記録する検査です。動脈管開存症の場合、左房負荷と左室肥大所などの心電図波形が見られることがあり、肺高血圧症の合併例では、右室肥大所見の心電図波形が見られることがあります。
胸部X線検査
胸部X線は、心臓のサイズや形状、肺の血流の状態を評価します。動脈管開存症の場合、左第2、3、4弓の突出を伴う心拡大の心陰影や肺血流量増加による肺血管陰影の増強の所見を認めることがあります。
心エコー検査
心エコー検査は、心臓の詳細な画像を提供する非侵襲的な検査です。動脈管開存症の確定診断には、心エコー検査が用いられます。動脈管開存症の大きさ、左心拡大の有無、下行大動脈における拡張期逆行性血流の有無、左肺動脈における拡張期順行性血流などについて評価します。
心カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、心臓に細い管(カテーテル)を挿入し、直接心臓内部の圧力や血液の流れを測定する検査です。動脈管開存症の場合、カテーテル治療として用いられ、肺高血圧合併例では肺動脈圧の上昇、造影検査により大動脈から肺動脈への短絡血流などが見られます。
動脈管開存症の保存的治療・対症療法
動脈管開存症は、診断後に約3分の1が自然に閉鎖する可能性があり、多くは出生後に薬物治療によって動脈管が閉じることがあります。薬物治療で動脈管開存症が改善されない場合にカテーテル治療や外科治療などが行われます。
動脈管開存症は、年齢、動脈管の太さや形状、心不全症状の有無などによって治療方法が異なります。1歳の時点で動脈管が開いている場合、自然に閉鎖する可能性は極めて低く、心内膜炎のリスクを回避するために動脈管開存症を閉鎖する処置が行われることがあります。動脈管開存症の状態や症状に合わせて保存的治療や対症療法が行われます。
経過観察
動脈管開存症は、診断後に約3分の1が自然に閉鎖する可能性があります。症状がなく大動脈から肺動脈への逆流が少ない場合は自然閉鎖の可能性があるので特別な治療をせず経過観察を行います。
薬物療法
インドメタシンとイブプロフェンは、主に動脈管開存症の未熟児に用いられる治療薬であり、体内物質のプロスタグランジンE(PGE)の産生を抑えるプロスタグランジン合成酵素阻害作用により動脈管を閉じる薬理効果を発揮します。新生児の動脈管を閉鎖する治療目的で非ステロイド抗炎症薬(NSAID)のインドメタシンやイブプロフェンが用いられます。
心不全の管理
心不全の症状を軽減するために、利尿剤(利尿作用を持つ薬)心臓の収縮を改善する薬(降圧薬)などが使用される場合があります。これらの薬物は症状の改善や心機能の安定化に役立ちます。
呼吸困難の管理
呼吸困難がある場合、酸素療法が行われることがあります。酸素飽和度を改善し呼吸困難の症状を軽減します。
栄養療法
特に新生児や乳児の場合、動脈管開存症によるカロリー消費の増加や哺乳中の息切れにより適切な栄養摂取が困難な場合があります。栄養士と連携して、カロリー密度の高い食事などの特別な栄養サポートが重要になります。
カテーテル治療
薬物治療で動脈管開存症が改善されない場合にカテーテル治療や外科治療などが行われます。動脈管開存症に対するカテーテル治療は、「コイル治療」と「閉鎖栓治療」があり、動脈管の太さや形状などによって治療方法が決まります。
コイル治療
コイル治療は直径2mm程度の動脈管に有効であり、動脈管内にコイル状の金属を詰めて動脈管に血液を流れなくする治療です。
閉鎖栓治療
閉鎖栓治療は比較的大きな穴を閉じるための治療で直径2mm以上の動脈管に有効であり、カテーテルの先端についた傘状の閉鎖栓を動脈管の穴に広げて動脈管開存を閉鎖する治療です。
動脈管開存症の外科的治療法(手術について)
心不全が進行している場合や、未熟児動脈管開存でインドメタシンが作用しない場合などでは、動脈管を閉鎖するための外科手術やカテーテル治療が必要になります。外科手術では、動脈管を糸で結んだりクリップで閉じたりする開胸手術や、内視鏡の映像を見ながら動脈管をクリップで閉じる胸腔鏡下手術が挙げられます。
40歳を超える成人では、高い確率で動脈管が石灰化しています。その場合は、無理に動脈管を結紮すると血管が割れてしまい大出血を起こす危険性があるため、人工心肺を用いて手術を行うケースがあります。
動脈管開存症(外科的手術)手技手順
手術方法は症例によって異なりますが、一般的な動脈管開存症の手術は以下の手順にて行われます。
- 開胸:全身麻酔下にて、執刀医のDrが左側開胸、または胸骨正中切開をを行います。
- 動脈管の結紮:動脈管の剥離を行い、動脈管を糸で結紮するか、クリップで閉鎖するかします。。
- 閉胸:患者様の全身状態に注意しながら閉胸し、手術終了です。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
関連記事
【参考文献】
・日本小児循環器学会
https://www.heart-manabu.jp/pda・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_d.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)