僧帽弁閉鎖不全症の概要
私たちの心臓は、休むことなく全身に血液を送り出す重要な役割を担っています。その中で、血液の流れをスムーズにするために重要な役割を担っているのが心臓の弁です。心臓には4つの弁があり、それぞれが血液の逆流を防ぎ、一方向への流れを維持する役割を担っています。
僧帽弁閉鎖不全症とは?
何らかの原因で僧帽弁が正常に機能しなくなると、血液が逆流してしまうことがあります。これが僧帽弁閉鎖不全症(僧帽弁逆流症)です。
この僧帽弁が何らかの原因で正常に機能しなくなると、血液が逆流してしまう「僧帽弁閉鎖不全症(僧帽弁逆流症)」が起こることがあります。僧帽弁閉鎖不全症になると、心臓は全身に十分な血液を送り出すため、より多くの負担を強いられることになります。
早期発見・治療が重要となるため、気になる症状があれば、速やかに医療機関を受診しましょう。
僧帽弁の役割
心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁は、血液の逆流を防ぐ重要な役割を担っています。
左心房から左心室への血液の流れ
左心房から左心室に血液が送られる際には、僧帽弁は開いた状態になります。これにより、血液はスムーズに左心室へと流れ込みます。
左心室から全身への血液の流れ
左心室が収縮し、全身に血液を送り出す際には、僧帽弁はしっかりと閉じます。これにより、血液が左心房に逆流することなく、効率的に全身に送り出される仕組みになっています。
このように、僧帽弁は開閉を繰り返すことで、血液がスムーズに一方向に流れるように調整し、全身に酸素と栄養を供給する上で重要な役割を担っています。
僧帽弁の構造
僧帽弁の構造は、主に以下の3つの部分から成り立っています。
弁尖(べんせん)
僧帽弁は、「前尖」と「後尖」と呼ばれる2枚の薄い膜状の組織でできています。この弁尖が心臓の収縮と拡張に合わせて開閉することで、血液は左心房から左心室へとスムーズに流れ込みます。
弁尖の役割
心臓が拡張する時
弁尖が開き、左心房から左心室へ血液が流れ込みます。
心臓が収縮する時
弁尖が閉じ、血液が左心房へ逆流するのを防ぎます。
この開閉運動の正確性が、心臓のポンプ機能を維持する上で非常に重要です。
僧帽弁閉鎖不全症では、この弁尖が完全に閉じきらなかったり、変形したりすることで、血液の逆流が生じてしまうことがあります。
腱索(けんさく)
腱索は、弁尖を左心室の壁から支える、細いながらも非常に丈夫な紐状の組織です。
左心室の壁から伸びる「乳頭筋」と呼ばれる筋肉に繋がっており、心臓が拡張する際に弁尖が過剰にひっくり返らないようにしっかりと固定する役割を担っています。
この腱索と乳頭筋の連携によって、弁尖は常に正しい位置で機能し、血液の逆流を防いでいるのです。
腱索の役割
弁尖の固定
腱索は、心臓が拡張する際に弁尖が左心房側に過剰に押し戻されるのを防ぎ、適切な位置に固定します。
弁尖の保護
腱索は、心臓の強い収縮力から弁尖を守り、損傷を防ぐ役割も担っています。
弁輪(べんりん)
弁輪は、僧帽弁の土台となる線維性のリング状の組織です。心臓の動きに合わせて微妙に形を変えながら、弁尖をしっかりと支え、その開閉運動をサポートしています。
弁輪の役割
弁尖の支持
弁輪は、弁尖をしっかりと支え、安定した開閉運動を可能にします。
弁尖の形状維持
弁輪は、心臓の拍動による圧力変化にも耐えうる柔軟性と強度を備えており、弁尖の形状を維持する役割も担っています。
加齢や高血圧などの影響で弁輪が硬くなったり、拡張したりすると、弁尖が正常に閉じなくなり、僧帽弁閉鎖不全症のリスクが高まる可能性があります。
僧帽弁閉鎖不全症の原因
僧帽弁閉鎖不全症は、大きく分けて「一次性(器質性)」と「二次性(機能性)」の2つに分類されます。
一次性(器質性)僧帽弁閉鎖不全症
一次性僧帽弁閉鎖不全症は、僧帽弁自体に異常が生じ、弁尖が正しく閉じなくなることで起こります。
弁の構造的な問題が原因となるため、「器質性僧帽弁閉鎖不全症」とも呼ばれます。
主な原因としては、以下のようなもの が挙げられます。
弁の変性
- 加齢に伴う変化: 年齢を重ねるにつれて、弁尖が厚く、硬くなることがあります。
- 心臓弁膜症: リウマチ熱や感染性心内膜炎などが原因で、弁尖が肥厚したり、癒着したりすることがあります。
- 僧帽弁逸脱症: 弁尖を支える腱索が伸びてしまうことで、弁尖が左心房側に過剰に膨らんでしまう病気です。
感染症
- リウマチ熱: 溶連菌感染後の免疫反応によって心臓の弁に炎症が起こり、弁尖が変形したり、厚くなったりすることがあります。
- 感染性心内膜炎: 細菌や真菌が心臓の内膜に感染し、弁に損傷を与えることで起こります。
先天性疾患
生まれつき僧帽弁の構造に異常がある場合、生まれてすぐに症状が現れることもあれば、成長する過程で徐々に症状が現れることもあります。
外傷
交通事故などによる胸部への強い衝撃によって、僧帽弁が損傷を受け、閉鎖不全を引き起こすことがあります。
その他
マルファン症候群などの遺伝性疾患、薬剤性の弁膜症なども原因となることがあります。
これらの原因によって、弁輪が拡張したり、腱索が切断・伸長したりすることで、弁尖がしっかりと閉じなくなり、血液の逆流が起こります。
二次性(機能性)僧帽弁閉鎖不全症
二次性僧帽弁閉鎖不全症は、僧帽弁自体には問題がないにもかかわらず、心臓全体の機能低下が原因で起こります。 弁の構造的な異常ではなく、心臓の機能的な問題が原因となるため、「機能性僧帽弁閉鎖不全症」とも呼ばれます。
主な原因としては、以下のようなもの が挙げられます。
心筋梗塞
心筋梗塞により心臓の筋肉が損傷を受けると、心臓のポンプ機能が低下します。その結果、左心室が拡張し、僧帽弁を支える乳頭筋や腱索の位置関係が変化することで、弁がうまく閉じなくなり、逆流が起こりやすくなります。
拡張型心筋症
心臓の筋肉が薄く伸びてしまい、心臓全体が大きくなる病気です。 心臓が拡張することで、僧帽弁輪も拡大し、弁尖が完全に閉じなくなることがあります。
高血圧
長期にわたる高血圧は、心臓に負担をかけ、左心室の拡大や心筋の肥大を引き起こします。これらの変化が僧帽弁の機能に影響を及ぼし、二次性僧帽弁閉鎖不全症を引き起こすことがあります。
僧帽弁閉鎖不全症の症状
僧帽弁閉鎖不全症は、初期段階では自覚症状がないことが多く、知らないうちに病状が進行している場合もあるため、「サイレントキラー」と呼ばれることもあります。しかし、病状が進行すると、心臓は全身に十分な血液を送り出そうと、より懸命に働くようになり、徐々に様々な症状が現れてきます。
初期症状
自覚症状としては、以下のようなものが挙げられます。
息切れ
特に階段を上ったり、運動をした際に強く現れます。 日常生活での軽い動作でも息切れを感じる場合は注意が必要です。
動悸
心臓がドキドキしたり、脈が速く感じられることがあります。 安静時にも脈が速くなる、脈が不規則になるなどの症状が現れることもあります。
疲労感
体がだるく、疲れやすいと感じるようになります。 これは心臓が十分な血液を送り出せないため、身体の各器官に十分な酸素や栄養が行き渡らないことが原因で起こります。
これらの症状は、日常生活で経験することの多いものなので、「年のせい」「疲れが溜まっているだけ」と安易に考えて放置してしまう方も少なくありません。
進行した症状(心不全)
僧帽弁閉鎖不全症を放置すると、心臓に負担がかかり続け、心不全を引き起こす危険性があります。心不全の症状としては、初期症状が悪化するだけでなく、以下の様なものもみられます。
息切れの悪化
安静時にも息苦しさを感じるようになります。 少し動いただけで息が切れる、夜間や明け方に息苦しくて目が覚めるなどの症状が現れることもあります。
呼吸困難
横になると息苦しくなる「起坐呼吸」が現れることもあります。
咳
特に夜間や運動時に咳が出やすくなります。
手足のむくみ
特に夕方になると足がむくみやすくなります。 心臓のポンプ機能が低下することで、血液の循環が悪くなり、体内の水分が溜まりやすくなることが原因です。
体重増加
体内に水分が溜まりやすくなることで、体重が増加することがあります。 短期間で体重が急激に増加する場合は注意が必要です。
重篤な合併症
さらに重症化すると、心臓内の血流が乱れて心臓が小刻みに震える「心房細動」のリスクも高まります。
「心房細動」が起こると、心臓内に血栓(血の塊)ができやすくなり、その結果、脳梗塞などの深刻な病気を引き起こす可能性があります。
僧帽弁閉鎖不全症は、自覚症状が出にくい病気ですが、放置すると命に関わる危険性も孕んでいます。初期の段階で発見し、適切な治療を行うことが重要です。
僧帽弁閉鎖不全症の診断
僧帽弁閉鎖不全症の診断には、身体診察、聴診、そして様々な検査を組み合わせて総合的に判断します。
聴診
経験豊富な医師は、聴診器を通して心臓の音を注意深く聴くことで、僧帽弁閉鎖不全症の特徴である「心雑音」を聞き分けることができます。心雑音とは、心臓が脈打つ際に出る通常のドクンドクンという音に加えて聞こえる雑音のことで、血液の逆流が起こることで発生します。
僧帽弁閉鎖不全症の場合、心尖部と呼ばれる心臓の先端付近で、収縮期と呼ばれる心臓が収縮している時期に「シュー」という音が聴取されることがあります。
心電図検査
心臓の電気的な活動を波形として記録する心電図検査では、僧帽弁閉鎖不全症によって心臓に負担がかかっている場合、その影響が波形に現れることがあります。特に、左心房や左心室の肥大を示唆する所見が見られることがあります。
左心房の肥大
僧帽弁閉鎖不全症では、左心房に血液が逆流してくるため、左心房が大きくなり、その電位変化が心電図に影響を与えます。
左心室の肥大
左心房から送られてくる血液量が増えることで、左心室も肥大し、心電図上の電位変化に影響を及ぼします。
胸部X線検査
胸部X線検査では、心臓の大きさや形、肺の状態などを確認できます。僧帽弁閉鎖不全症が進行すると、心臓、特に左心房が拡大している様子がX線画像に映し出されることがあります。また、肺に水が溜まっている場合は、肺の陰影が濃くなるといった変化も見られます。
心臓の形態評価
心臓のシルエットが大きくなっている場合は、心臓の肥大や心嚢液貯留などが疑われます。
肺の状態評価
肺うっ血があると、肺血管の陰影が濃くなる、肺門部が拡大する、胸水が見られるなどの変化が現れます。
心エコー検査
超音波を使って心臓の動きをリアルタイムに映し出す心エコー検査は、僧帽弁閉鎖不全症の診断において非常に重要な役割を担っています。
心エコー検査では、僧帽弁の形態や動き、血液の逆流の程度などを詳細に評価することができます。
弁の形態と動きの評価
僧帽弁の厚さ、形状、動きなどを確認し、弁の肥厚や硬化、運動制限などの有無を評価します。
逆流の評価
カラードプラ法を用いることで、血液の逆流を視覚的に捉え、逆流の速度や量、範囲などを測定します。
血液検査
血液検査では、心臓の機能に関する情報を提供してくれます。特に、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)というホルモンは、心臓に負担がかかると血液中に多く分泌されるため、心不全の指標として用いられます。BNPの値が高いほど、心不全が進行している可能性が高いと言えます。
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、心臓の内部に細い管(カテーテル)を挿入し、心臓内の圧力や血流を直接測定する検査です。 他の検査では診断が難しい場合や、心臓の冠動脈疾患が合併している疑いがある場合などに実施されます。
心臓MRI検査
心臓MRI検査は、強力な磁場と電波を用いて心臓の断層画像を撮影する検査です。 心臓の構造や機能、血流の状態などをより詳細に評価することができ、特に僧帽弁の形態や運動異常、逆流の程度などを正確に把握するのに役立ちます。
僧帽弁閉鎖不全症の治療法
保存的治療
保存的治療は、病気の進行を遅らせ、症状を和らげることを目的とした治療法です。 軽度の僧帽弁閉鎖不全症や、高齢や他の疾患などにより手術が難しい場合に選択されることが多いです。
経過観察
軽度または初期の僧帽弁閉鎖不全症では、症状が軽い場合や病態が安定している場合には、経過観察が選択されることがあります。
定期的な医療チェックと検査を通じて病態の進行を把握し、適切なタイミングで治療を検討します。
薬物療法
- 利尿剤: 体内の余分な水分を排出することで、心臓への負担を軽減します。
- 血管拡張薬: 血管を広げて血圧を下げることで、心臓が血液を送り出しやすくします。
- ジギタリス製剤: 心臓の収縮力を高めることで、血液を効率的に送り出すことを助けます。
- 抗不整脈薬: 心房細動などの不整脈を抑制し、心臓のリズムを整えます。
これらの薬物は症状の改善や心機能の安定化に役立ちます。
生活習慣の改善
- 禁煙:
喫煙は心臓や血管に悪影響を与えるため、禁煙は必須です。 - 食事療法:
塩分や脂肪分の多い食事を控え、バランスの取れた健康的な食事を心がけましょう。 - 適度な運動:
医師の指示に従い、無理のない範囲で適度な運動を継続することで、心臓の機能維持に役立ちます。 - 体重管理:
肥満は心臓に負担をかけるため、適切な体重を維持することが大切です。
対症療法
酸素療法
呼吸困難がある場合、酸素療法が行われることがあります。
これにより、患者様の酸素飽和度を改善し、呼吸困難の症状を軽減します。
不整脈の管理
心房細動などの不整脈がある場合、薬物療法やカテーテルアブレーション(不整脈を治
療する方法の一つ)が行われることがあります。
外科的治療法(手術について)
僧帽弁閉鎖不全症の外科的治療は、大きく分けて「僧帽弁形成術」と「僧帽弁置換術」の二つがあります。それぞれの特徴を理解した上で、患者さんにとって最適な治療法を選択することが重要です。
僧帽弁形成術
僧帽弁形成術は、可能な限り自身の弁を残す手術方法です。
メリット
- 身体への負担が少ない
- 術後のQOL(生活の質)が高い
- 抗凝固療法が不要な場合が多い
デメリット
- 複雑な手術となる場合がある
- 再手術が必要となる可能性がある
手技手順
具体的な手術方法は症例によって異なりますが、一般的な僧帽弁形成術は、以下のような手順で行われます。
①開胸
全身麻酔下にて、医師が開胸を行います。皮膚→胸骨→心膜の順に切開し心臓を露出させます。
②体外循環開始
人工心肺装置に接続し、心臓と肺の働きを一時的に肩代わりさせます。その後、心臓を停止させ、手術を行いやすい環境を整えます。
心筋保護液という薬剤を心臓に流し、一時的に心臓の動きを停止させます。
③弁の形成
損傷した弁尖や腱索を修復したり、弁輪を縮小するリングを装着したりすることで、弁の形状と機能を改善します。 具体的な方法は、弁の損傷状態や部位によって異なります。
④心臓機能の回復
切り開いた大動脈・心臓を縫合し閉じていきます。
心臓の再拍動の為のHot shot(温めた血液と心筋保護液の混合液)を流し、心臓を再拍動させて人工心肺を停止します。
心臓の動きが自然に回復することを確認し、止血を行いながら閉胸していきます。
⑤閉胸
人工心肺装置を離脱し、胸骨をワイヤーなどで固定し、皮膚を縫合します。
僧帽弁置換術
僧帽弁置換術も、僧帽弁形成術と同様に、人工心肺装置を用いて心臓を停止させて行う手術です。
僧帽弁置換術では、自身の弁を人工弁に置き換えるため、弁の機能を確実に回復させることができます。
メリット
- 弁の機能を確実に回復できる
- 再手術のリスクが低い
デメリット
- 人工弁の種類によっては、生涯にわたる抗凝固療法が必要となる
- 人工弁の耐久性の問題
僧帽弁置換術の種類
僧帽弁置換術にて置き換える人工弁は主に二種類あります。
1.機械弁
材質
カーボンなどの人工的な素材で作られています。
耐久性
優れており、長期的な使用が可能です
抗凝固療法
血栓ができやすいという欠点があり、生涯にわたって抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を服用する必要があります。
対象患者
主に比較的年齢の若い患者さん(〜60歳)に使用されることが多いです。
2.生体弁
材質
豚や牛の生体組織から作られています。
抗凝固療法
血栓ができにくく、抗凝固療法が不要な場合もありますが、患者さんの状態によっては服用が必要になることもあります。
耐久性
耐久性: 耐久性が低いため、将来的に再手術が必要となる可能性があります。(約10-20年)
対象患者
高齢の患者さんに使用されるケースが多く、若い患者さんでは将来的に再手術が必要になることがあります。
手技手順
具体的な手術方法は症例によって異なりますが、一般的な僧帽弁置換術は、以下のような手順で行われます。
①開胸
全身麻酔下にて、執刀医が開胸を行います。皮膚→胸骨→心膜の順に切開し心臓を露出させます。
②体外循環開始
人工心肺装置に接続し、心臓と肺の働きを一時的に肩代わりさせます。
心筋保護液という薬剤を心臓に流し、一時的に心臓の動きを停止させます。
③僧帽弁の置換
損傷した僧帽弁を切除し、人工弁を縫着します。
大動脈を切り開き、心臓側にある元の僧帽弁を取り除き、人工弁と入れ替えます。
④心臓機能の回復
切り開いた大動脈・心臓を縫合し閉じていきます。心臓の再拍動の為のHot shot(温めた血液と心筋保護液の混合液)を流し、心臓を再拍動させて人工心肺を停止します。
心臓の動きが自然に回復することを確認し、止血を行いながら閉胸していきます。
⑤閉胸
人工心肺装置を離脱し、患者様の状態に注意しながら心膜→胸骨→皮膚の順に閉じて手術終了です。
僧帽弁形成術と僧帽弁置換術の比較
僧帽弁閉鎖不全症に対する外科治療では、「僧帽弁形成術」と「僧帽弁置換術」のどちらを選択するかが重要なポイントとなります。それぞれにメリット・デメリットがあり、患者さんの状態やライフスタイルによって最適な選択は異なります。
僧帽弁形成術
【メリット】
- 心臓機能の良好な回復:
自身の弁を残すことで、心臓のポンプ機能をより自然な形で維持しやすくなるため、術後の心臓機能の回復が良好であるとされています。 - 合併症リスクの低減:
人工物を用いないため、人工弁に関連する合併症(血栓形成、抗凝固療法に伴う出血リスクなど)を回避できます。 - 長期的な予後の良さ:
自身の弁を残すことで、長期的な生存率の向上も期待されています。 - 生活の質の維持:
抗凝固療法が不要な場合が多く、日常生活の制限が少なくなります。
【デメリット】
- 高い技術レベルを要する:
弁の修復には高度な技術と経験が必要とされ、すべての症例に適用できるわけではありません。 - 再手術の可能性:
将来的に弁の機能が低下し、再手術が必要となる場合があります。 - 手術時間の長さ:
弁置換術に比べて手術時間が長くなる傾向があり、高齢者など体力的に不安のある患者さんにとっては負担が大きくなる可能性があります。
僧帽弁置換術
【メリット】
- 確実な弁機能の回復:
損傷が激しい弁でも、人工弁と交換することで、弁機能を確実に回復させることができます。 - 適応範囲の広さ:
弁の損傷が高度な場合や、心臓の状態が悪い場合でも、手術が可能です。 - 手術時間の短縮:
弁形成術に比べて手術時間が短く、患者さんの身体的負担を軽減できます。
【デメリット】
- 人工弁に関連するリスク:
機械弁の場合は、血栓形成を防ぐため、生涯にわたる抗凝固療法が必要となります。抗凝固療法は、出血リスクを高める可能性があります。生体弁の場合は、抗凝固療法が不要な場合もありますが、耐久性が低く、将来的に再手術が必要となる可能性があります。 - 心臓機能への影響:
人工弁は、自身の弁に比べて血流抵抗が大きいため、心臓に負担がかかりやすくなる可能性があります。
僧帽弁形成術と僧帽弁置換術の比較まとめ表
特徴 | 僧帽弁形成術 | 僧帽弁置換術 |
手術の方法 | 損傷した弁を修復する | 損傷した弁を人工弁に置き換える |
身体への負担 | 比較的少ない | 形成術よりは大きい |
術後のQOL | 高い | 形成術よりは低い |
抗凝固療法 | 不要な場合が多い | 機械弁の場合は必要、生体弁の場合は不要な場合が多い |
再手術の可能性 | ある | 低い |
適応 | 弁の損傷が軽度〜中等度 | 弁の損傷が重度、形成術が困難な場合 |
カテーテル治療
僧帽弁閉鎖不全症の治療において、長年、外科手術は有効な選択肢でしたが、高齢であったり、他の病気を抱えていたりするなど、身体への負担が大きく、手術が困難な患者さんにとっては、根本的な治療法がないという状況が続いていました。
しかし近年、カテーテル技術の進歩により、「経皮的僧帽弁接合不全修復術(TMVr)」という低侵襲な治療法が登場し、新たな選択肢として注目されています。
身体への負担が少ないカテーテル治療
経皮的僧帽弁接合不全修復術は、開胸手術を必要とせず、足の付け根の静脈からカテーテルを挿入して行う治療法です。カテーテルを心臓まで誘導し、先端に取り付けられた「MitraClip(マイトラクリップ)」という特殊なクリップで、僧帽弁の逆流が起こっている部分を挟み込みます。
MitraClipは、まるで「ホッチキス」のような仕組みで、弁の一部を留めることで、逆流を軽減します。
カテーテル治療のメリット
- 低侵襲: 開胸手術と比較して、身体への負担が少なく、術後の回復も早いというメリットがあります。
- 心臓を停止させない: 人工心肺を使用せずに治療を行うため、心臓への負担も軽減されます。
- 高齢者や合併症のある患者さんにも適応可能: これまで手術が困難とされてきた患者さんにも治療の選択肢が広がります。
カテーテル治療のデメリット
- 適応が限られる: 全ての僧帽弁閉鎖不全症の患者さんに適応できるわけではなく、弁の形状や逆流の程度によっては、手術の方が適している場合があります。
- 耐久性: MitraClipの耐久性はまだ十分に確立しておらず、将来的に再治療が必要となる可能性があります。
僧帽弁閉鎖不全症の合併症と予後
忍び寄る心不全という病
帽弁閉鎖不全症は、放置すると心臓に大きな負担をかけ続け、心不全のリスクを高める危険因子となります。心不全は、生命予後や生活の質(QOL)を大きく左右する病気であるため、そのリスクと管理について正しく理解しておくことが大切です。
心不全の発症リスク
僧帽弁閉鎖不全症では、血液が左心室から左心房へ逆流することで、心臓、特に左心房に大きな負担がかかります。この負担が大きくなりすぎると、心臓は全身に十分な血液を送り出すことができなくなり、心不全の状態に陥ります。
心不全は、心臓のポンプ機能が低下することで、息切れ、呼吸困難、むくみ、疲労感などの症状を引き起こします。 また、放置すると、心不全が悪化し、入院や生命の危険につながることもあります。
心不全のリスクを高める要因
- 僧帽弁閉鎖不全の重症度:
逆流の量が多いほど、心臓への負担が大きくなり、心不全のリスクも高まります。 - 年齢:
加齢に伴い、心臓の機能は低下しやすくなるため、高齢になるほど心不全のリスクは高くなります。 - 高血圧:
高血圧は、心臓に負担をかけるため、心不全のリスクを高める要因となります。 - 糖尿病:
糖尿病は、血管を傷つけ、動脈硬化を促進するため、心不全のリスクを高めます。 - 他の心臓病の合併:
心筋梗塞や狭心症などの他の心臓病を合併している場合、心不全のリスクはさらに高まります。
心不全の管理し、進行を抑制するために
- 薬物療法:
- 利尿剤: 体内の余分な水分を排出することで、心臓への負担を軽減します。
- ACE阻害薬/ARB: 血管を広げて血圧を下げ、心臓の負担を軽減します。
- β遮断薬: 心臓の働きを抑制することで、心臓への負担を軽減します。
- ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬: 心臓のリモデリング(心臓の構造が変化すること)を抑制し、心不全の進行を抑えます。
- 生活習慣の改善:
- 塩分制限: 塩分の摂り過ぎは、体内に水分をため込み、心臓に負担をかけるため、制限が必要です。
- 水分制限: 心不全が進行すると、体内に水分が溜まりやすくなるため、水分摂取の制限が必要です。
- 適度な運動: 心臓の機能を維持・改善するために、医師の指導のもと、無理のない範囲で運動を行いましょう。
- 禁煙: 喫煙は、心臓や血管に悪影響を与えるため、禁煙は必須です。
重篤な場合の検討
心不全が進行し、薬物療法や生活習慣の改善では効果が不十分な場合は、以下の様な治療法が検討されることがあります。
- 心臓再同期療法(CRT): ペースメーカーを心臓に埋め込み、心臓の収縮を調整することで、ポンプ機能を改善します。
- 補助人工心臓: 心臓のポンプ機能を補助する装置を体内に埋め込みます。
- 心臓移植: 心臓の機能が回復の見込みがない場合、心臓移植が行われることがあります。
僧帽弁閉鎖不全症の長期的な予後
僧帽弁閉鎖不全症と診断された後、長期的な予後を見据え、安心して生活を送るためには、定期的なフォローアップが非常に重要となります。病状は患者さん一人ひとり異なり、治療の効果や合併症のリスクもさまざまであるため、継続的な観察と適切な対応が必要不可欠です。
1. 病気の進行を予測し、適切な治療を選択
僧帽弁閉鎖不全症は、初期段階では自覚症状がほとんどない場合でも、徐々に進行していく可能性があります。定期的な検査を受けることで、心臓の状態、弁の機能、病気の進行度などを把握し、医師は患者さんにとって最適な治療方針を判断することができます。
例えば、軽度のうちは経過観察を続けることもありますが、病状が進行した場合には、薬物療法の開始や外科手術の必要性などを検討する必要が出てきます。
2. 合併症の早期発見と対応
僧帽弁閉鎖不全症は、心不全や心房細動といった合併症を引き起こす可能性があります。心不全は、息切れやむくみなどの症状が現れ、生活の質を著しく低下させるだけでなく、生命に関わる可能性もある病気です。心房細動は、心臓のリズムが乱れることで、動悸や息切れを感じたり、脳梗塞のリスクを高める危険性があります。
定期的なフォローアップでは、心臓の状態を詳細にチェックすることで、こうした合併症の兆候を早期に発見することができます。早期発見により、適切な治療を速やかに開始することで、合併症の進行を抑制し、重篤な事態を回避できる可能性が高まります。
3. 治療の効果判定と見直し
治療の効果を評価し、必要があれば治療法を見直すことも、長期的なフォローアップの重要な役割です。 薬の効果や副作用の出方、生活習慣の改善状況などを確認し、患者さんに最適な治療法を継続的に模索していきます。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
僧帽弁閉鎖不全症とは何ですか?
僧帽弁閉鎖不全症は、心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁が正しく閉じないことにより、血液が逆流する状態を指します。これにより心臓に負担がかかり、心機能が低下する可能性があります。
僧帽弁閉鎖不全症の原因は何ですか?
僧帽弁閉鎖不全症は一次性(器質性)と二次性(機能性)に分けられ、原因には弁輪の拡大、腱索の切れや伸び、心筋梗塞、拡張型心筋症などがあります。
僧帽弁閉鎖不全症の症状は何ですか?
初期は無症状のことが多いですが、進行すると息切れ、呼吸困難、手足のむくみなどの心不全症状が現れます。重度の場合はこれらの症状が悪化し、心房細動や脳梗塞のリスクも増加します。
僧帽弁閉鎖不全症の診断方法にはどのようなものがありますか?
診断には聴診、心電図、胸部X線、心エコー検査、血液検査、心臓カテーテル検査、心臓MRIが用いられます。これらの検査により僧帽弁の状態、心機能の低下を評価します。
僧帽弁閉鎖不全症の治療方法は何ですか?
軽度または初期の場合は経過観察や薬物療法、生活習慣の改善が行われます。重度の場合は外科的治療法(僧帽弁形成術や僧帽弁置換術)が検討されます。また、カテーテル治療も選択肢の一つです。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case6/about5.htm#6-5-2・弁膜症治療のガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務(ER、血管造影室(心血管カテーテル、脳血管カテーテル)
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、コロナ療養型ホテル、コールセンター)