心室内伝導障害とは
概要
心室内伝導障害(intraventricular conduction disturbance:IVCD)は、心臓の電気的信号が正常に心室を通過できない伝導遅延あるいは伝導途絶の状態を指します。この障害は心電図(ECG)における特定の異常パターンで識別され、心室内刺激伝導系においてヒス束以下の右脚と前枝と後枝を含む左脚の3枝の障害により起こります。特に左脚ブロックの背景には、虚血性心疾患や心筋症などの心疾患を有することが多く注意が必要です。正常な場合、心臓の電気信号は特定の経路を経由して効率的に伝わりますが、伝導障害があると心室の一部または全部に信号が遅延したり、完全に届かなくなる可能性があります。
心室内伝導障害発症の原因
心室内伝導障害の背後には多数の原因とメカニズムが存在し、これらは大きく構造的心疾患、遺伝的要因、電解質の不均衡などに分類されます。
心筋症
心筋症は心室内伝導障害の一般的な原因であり、心筋の病理的変化が原因で電気信号の伝達が妨げられます。この状態では、心筋の肥大や線維化がしばしば見られ、これが信号伝達の障害につながります。
心筋梗塞
心筋梗塞は、心臓の一部に血流が完全に遮断されることによって起こり、心筋細胞の死を引き起こします。この細胞の損傷は伝導路を変更し、結果として心室内伝導障害を引き起こすことがあります。
遺伝的要因
一部の心室内伝導障害は遺伝的要因によって引き起こされます。特定の遺伝子変異は心臓の電気的特性に影響を与え、伝導障害のリスクを高めることが知られています。
電解質不均衡
電解質の不均衡、特にカリウム、カルシウム、マグネシウムの異常は、心臓の電気的安定性に影響を与え、心室内伝導障害を引き起こす可能性があります。これらの電解質は心筋細胞の興奮性と収縮性に直接関与しており、そのバランスの乱れは伝導速度やリズムに悪影響を及ぼす可能性があります。
心室内伝導障害の分類
心室内伝導障害の分類には、右脚ブロック、左脚ブロック(さらに左前枝ブロックと左後枝ブロックに細分化される)、および分岐ブロックが含まれます。これらの分類は、心電図(ECG)の異常パターンに基づき、伝導障害が心室のどの部分に影響を与えるかによって決まります。
右脚ブロック
- 定義: 右脚ブロックは、心臓の右脚の伝導路に異常がある状態で、心電図上で特徴的なパターンを示します。
特徴: ECGでは、QRSの拡大(0.12秒以上)や右室への伝導遅延が観察されます。 - 種類: 完全型と不完全型があり、完全型の方が伝導遅延がより顕著です。
左脚ブロック
- 定義: 左脚ブロックは、心臓の左脚の伝導が障害される状態で、心電図上に特有の変化を示します。
- 特徴: ECGには、QRSの拡大(0.12秒以上)や左室への伝導遅延が見られ、冠動脈疾患や心筋疾患などでみられることがあります。
左脚ブロックを細分化すると
- 左前枝ブロック: 左脚前枝の伝導障害により生じ、心電図上で左軸偏位を示します。
- 左後枝ブロック: 左脚後枝の伝導障害により生じ、心電図上で右軸偏位を示すことが一般的です。
分岐ブロック
- 定義: 分岐ブロックは、心室内伝導の特定の分岐部における障害であり、特に左脚ブロック内で細分化されたパターンに関連します。
- 特徴: 左脚ブロックのさらなる細分化として、左前枝ブロックや左後枝ブロックが分岐ブロックに該当します。心電図上での特定の軸偏位やQRSの変化によって識別されます。
心室内伝導障害の症状と徴候
心室内伝導障害の症状は、その原因となる病態によって異なりますが、多くの場合、患者は自覚症状がないか、非特異的な症状を経験します。特定の症状と徴候には以下のものが含まれます:
- 疲労感
- 呼吸困難
- 胸痛
- 胸部不快感
- 稀に意識の喪失やめまい
これらの症状は他の心臓疾患と重なることがあるため、心室内伝導障害の診断には心電図による詳細な評価が不可欠です。
心室内伝導障害の診断
心電図(ECG)による評価
ECGの読み方と心室内伝導障害の特徴
心電図(ECG)は心室内伝導障害を診断するための主要なツールです。ECGの読み方を理解することで、医療専門家は伝導障害の存在と種類を識別できます。心室内伝導障害の主なECG特徴には以下のものがあります。
- QRSの拡大: 正常な範囲は0.06秒から0.10秒ですが、これが0.12秒以上に拡大すると伝導障害が示唆されます。
- R波の進行遅延: 特に右脚ブロックや左脚ブロックでは、R波の進行が遅れることがあります。
- 異常な波形: 伝導障害の種類に応じて、S波の深化やR波の高さの増加など、異常な波形が観察されることがあります。
異常パターンの識別
心室内伝導障害の特定には、ECG上での異常パターンの識別が重要です。異常パターンには以下のようなものがあります。
- 右脚ブロック: QRSの拡大、V1 のQRSがrsR′型で幅広く、V1-V3でのR’波(R波の分割)の存在
- 左脚ブロック: QRSの拡大、V1~V4で幅広く深いS波、V5-V6でのR波の増加、IおよびaVLでのR波の
- 左前枝ブロック: 左軸偏位、IおよびaVLでのR波の減少
- 左後枝ブロック: 右軸偏位、IIIおよびaVFでのR波の増加
追加検査
心室内伝導障害の診断において、心電図(ECG)は基本的なツールですが、追加の検査が病態の全体像を理解し、治療計画を立てる上で重要になる場合があります。これらの検査は、心臓の構造と機能の詳細な評価を提供し、伝導障害の原因を特定するのに役立ちます。
心エコー検査
心エコー検査(心臓超音波検査)は、心臓の構造と機能を視覚化する非侵襲的な方法です。この検査によって、心筋の厚み、心室のサイズ、および心臓弁の動きが評価されます。心エコー検査は特に、心室内伝導障害の原因が心筋症や弁膜症である可能性がある場合に有用です。
- 利点: 非侵襲的で、即時の結果を提供
- 使用法: 心筋の機能と心室の動きの評価
MRI/心臓CT
MRI検査と心臓CT検査は、心臓の構造と血管を高解像度で詳細に描出することができるイメージング技術です。これらの検査は、心筋の線維化や梗塞、心室の形態異常など、心室内伝導障害の原因となる構造的異常を特定するのに特に有用です。
- MRI検査の利点: 組織の構造を詳細に評価し、線維化や梗塞を特定
- 心臓CT検査の利点: 心臓のカルシウムスコアリングや冠動脈の評価に有用
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、冠動脈の狭窄や閉塞を特定し、心筋への血流を評価するための侵襲的な検査です。この検査は、心室内伝導障害が冠動脈疾患によって引き起こされている場合に特に有用です。カテーテルを使用して冠動脈に直接造影剤を注入し、X線で血流を視覚化します。
- 利点: 冠動脈疾患の直接的な評価
- 使用法: 冠動脈の狭窄や閉塞の診断
心室内伝導障害の治療は、その原因、症状の重さ、および患者の全体的な健康状態に応じて異なります。特定の状況では、ペースメーカーの挿入、植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法(Cardiac Resynchronization Therapy:CRT)が推奨されることがあります。これらの治療法は、特に重度の心室内伝導障害や、生命を脅かす心臓病を持つ患者に適用されます。
特定の状況における治療
ペースメーカーの挿入
ペースメーカーは、不規則な心拍を正常化するために使用される小型のデバイスです。心室内伝導障害が心拍の遅延やブロックを引き起こしている場合、ペースメーカーは正常な心拍を維持するために必要になることがあります。
- 使用状況: 完全房室ブロックや症状性の徐脈など、特定の心室内伝導障害
- 効果: 心拍数の安定化、症状の軽減、生活の質の改善
植込み型除細動器(ICD)
ICDは、不整脈を検出して即座に治療することで、突然の心停止を防ぐデバイスです。心室内伝導障害が心室頻拍や心室細動などの危険な不整脈を引き起こすリスクがある患者に推奨されます。
- 使用状況: 潜在的に生命を脅かす不整脈のリスクがある患者
- 効果: 危険な不整脈の即時治療、突然死のリスク低減
心臓再同期療法(Cardiac Resynchronization Therapy:CRT)
CRTは、心臓の収縮を同期させて心室の効率を向上させるために使用される治療法です。特に、左室機能不全を伴う心室内伝導障害の患者に有効であり、心臓のポンプ機能を改善します。
- 使用状況: 進行した心不全および心室内伝導障害(特に左脚ブロック)を持つ患者
- 効果: 心室の効率的な収縮、心不全症状の軽減、生活の質の向上、予後の改善
予後と管理
長期予後
長期予後は、伝導障害の根本的な原因と、患者が持つ他の健康問題によって大きく異なります。適切な治療と管理により、多くの患者は問題なく日常生活を続けることができます。
- 持続的な管理: 持続的な医療管理と定期的な検査は、状態の悪化を防ぐために重要です。
- 潜在的な合併症: 長期にわたる心室内伝導障害は、心不全や不整脈などのリスクを高める可能性があります。
生活上の注意点
心室内伝導障害を持つ患者は、日常生活においていくつかの注意点を守ることが推奨されます。
- 健康的な生活習慣: 健康的な食事、定期的な運動、ストレス管理、禁煙は、心臓の健康を維持するのに役立ちます。
- 定期的な受診: 定期的な受診により、状態の変化を早期に発見し、適切な対応が可能になります。
- 薬物療法の遵守: 処方された薬の遵守は、症状の管理と病状の悪化を防ぐために重要です。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
心室内伝導障害とは何ですか?
心室内伝導障害は、心臓の電気信号が心室を通過する際に遅延するか、完全に途絶える状態を指します。これは心電図(ECG)で特定の異常パターンとして識別されます。
心室内伝導障害の原因にはどのようなものがありますか?
心室内伝導障害の原因としては、心筋症、心筋梗塞、遺伝的要因、電解質の不均衡などが挙げられます。これらは心筋の病理的変化や遺伝子変異、電解質バランスの乱れにより引き起こされます。
心室内伝導障害の診断方法は何ですか?
心室内伝導障害の診断には主に心電図(ECG)が使用されます。ECGでは、QRSの拡大、R波の進行遅延、異常な波形など特定のパターンをもとに伝導障害の存在と種類を識別します。
心室内伝導障害における治療方法は何ですか?
心室内伝導障害の治療法にはペースメーカーの挿入、植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法(CRT)などがあります。これらの治療法は伝導障害の原因、症状の重さ、患者の全体的な健康状態に応じて選択されます。
心室内伝導障害がある場合の患者の生活における注意点はありますか?
心室内伝導障害を持つ患者は、症状がない場合でも定期的な医療検査を受けることが重要です。また、医師から特定の活動制限や生活習慣の改善が勧められることがあります。重要なのは、治療計画に従い、必要に応じて医師と相談しながら生活を調整することです。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
不整脈の診断とリスク評価に関するガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Takase.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
不整脈非薬物治療ガイドライン(2018 年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/07/JCS2018_kurita_nogami.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
不整脈薬物治療ガイドラインhttps://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/01/JCS2020_Ono.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)