大動脈内バルーンパンピング(IABP)の概要
大動脈内バルーンパンピング(intra-aortic balloon pumping:IABP)は、主に心筋梗塞や心臓手術後の患者において心臓の負担を軽減し、心筋への血流を改善するために使用される補助循環装置です。IABPによって、心臓の収縮期と拡張期の間に大動脈内でバルーンを膨張・収縮させることにより、血流動態を改善します。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の目的
- 心筋梗塞の治療における生存率の向上: 心筋梗塞後の合併症を減少させ、生存率を向上させることが目標です。
- 心不全患者の症状の改善: 重度の心不全患者において、症状を改善し、生活の質を向上させることを目指しています。
- 開心術後の心機能回復:術後合併症の低心拍出量症候群(LOS)などから心臓のポンプ機能を回復させることを目指しています。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)のメリット
- 心筋の酸素供給の向上: バルーンのタイミングによる膨張と収縮は、心筋への血流と酸素供給を向上させます。
- 心臓の仕事量の軽減: IABPは心臓の負荷を減少させ、心臓の効率を向上させることができます。
- 血圧の安定化: 血圧を安定させ、低血圧状態を改善することができます。
- 合併症のリスク低減: 心不全や心筋梗塞後の合併症のリスクを減少させる効果があります。
カウンターパルセーションのメカニズム
カウンターパルセーション(counterpulsation)は、心臓の収縮期に大動脈内のバルーンを収縮させ、心臓の拡張期にバルーンを膨張させることにより、心臓への負担を軽減し、血流を最適化する機械的補助循環法を指します。
- 収縮期: バルーンが収縮することで、大動脈内の血液を心臓方向に移動させ、心臓の仕事量を減少させます。
- 拡張期: バルーンが膨張することで、血液を体の他の部位に向けて押し出し、心筋への血流を増加させます。
バルーンの物理的特性
大動脈内バルーンパンピング(IABP)に使用されるバルーンは、耐久性が高く、生体適合性に優れた素材で作られています。バルーンの物理的特性には以下の特徴があります。
- 素材: 高強度のポリウレタンやシリコンなど、耐久性と柔軟性を兼ね備えた素材が使用されます。
- サイズと形状: 患者の大動脈のサイズに合わせてさまざまなサイズが用意されており、最適な治療効果を得るために適切なバルーンが選択されます。
- 応答性: バルーンは迅速に膨張・収縮することができ、心臓の拡張期と収縮期のタイミングに正確に合わせることができます。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の臨床的応用
大動脈内バルーンパンピング(IABP)は、心臓の負担を軽減し、特定の心臓病患者の生命を救うために臨床的に応用されています。以下に、その主な応用例を示します。
急性心筋梗塞
- 目的: 急性心筋梗塞の患者においては、IABPは心筋への酸素供給を増加させ、心臓の仕事量を軽減することで、心筋のダメージを最小限に抑えることを目的としています。
- 血流の最適化: IABPによるカウンターパルセーションは、冠動脈への血流を改善し、心筋への酸素供給を増加させます。
- 心筋の保護: 心筋のさらなる損傷を防ぎ、心臓の回復を支援します。
心不全
- 目的: 心不全の患者においては、IABPは心臓のポンプ機能を支援し、生命を脅かす心不全のエピソードを管理するために使用されます。
- 血圧の安定化: IABPは血圧を安定させ、重度の心不全に伴う低血圧状態を改善します。
- 心筋への負担軽減: 心臓への負荷を減少させ、心筋の効率を向上させることができます。
開心術後の補助
- 目的: 開心術後の患者において、IABPは心臓の負担を軽減し、手術後の回復を促進するために使用されます。
- 術後の安定化: IABPは術後の心臓の安定化を支援し、心臓のポンプ機能の回復を早めます。
- 合併症のリスク低減: 手術後の合併症のリスクを減少させ、患者の回復期間を短縮することができます。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の適応と禁忌
IABPの使用は、患者の状態や特定の心血管疾患の存在に基づいて慎重に検討されるべきです。適応症例と禁忌症例の明確な識別は、患者の安全と治療の効果を最大化するために不可欠です。
適応
IABPは、以下のような特定の臨床状況下での使用が推奨されます。
心原性ショック
- 定義: 心原性ショックは、心臓が体全体に十分な血液をポンプできない状態を指し、重大な血流動態の不安定性を引き起こします。
- IABPの役割:
- 血圧の安定化: 心臓のポンプ機能を支援し、生命維持に必要な血圧の安定化を促進します。
- 心筋への負担軽減: 心臓への負荷を減少させ、心筋の保護を図ります。
- 適応事例: 急性心筋梗塞に伴う心原生ショック、開心術後の低心拍出量症候群(LOS)など。
不安定狭心症
- 定義: 不安定狭心症は、心筋への血流不足により発生する胸痛であり、心筋梗塞へ進行するリスクがあります。
IABPの役割
- 冠血流の改善: 冠動脈への血流を増加させ、心筋への酸素供給を改善します。
- 症状の軽減: 不安定狭心症の症状を軽減し、心筋梗塞への進行リスクを減少させます。
- 適応事例: 薬物治療に反応しない重度の不安定狭心症、心筋梗塞の前兆としての不安定狭心症など。
禁忌
IABPの使用に際しては、以下の状況や病態は禁忌とされています。これらの条件は、IABPによる治療が患者にとってリスクを伴う、または治療効果が期待できないことを意味します。
大動脈解離
大動脈解離は、大動脈の内膜が裂けて血液が大動脈壁内に侵入し、内膜と外膜の間に偽腔を形成する病態です。
禁忌理由
- リスク増大: IABPの使用は大動脈解離の進行や拡大を促す可能性があり、患者の状態を悪化させるリスクがあります。
- 治療効果の不確実性: 解離が存在する場合、IABPによる圧力の変化は予測不可能な結果を引き起こす可能性があります。
重度の大動脈弁閉鎖不全症
大動脈弁閉鎖不全症は、心臓の大動脈弁が完全に閉じず、一部の血液が左心室へ逆流する状態です。
禁忌理由
- リスク増大: IABPの使用によるバルーン拡張期によって、大動脈弁の逆流が増悪し患者の状態を悪化させるリスクがあります。
重篤な末梢血管疾患
末梢血管疾患は、腕や足などの末梢部の血管が狭窄したり閉塞したりする状態です。
禁忌理由
- 挿入困難: 末梢血管が重度に狭窄または閉塞している場合、IABPのバルーンカテーテルを適切な位置に挿入することが困難になります。
- 合併症のリスク: 末梢血管疾患の存在下でのIABP使用は、血管損傷、血流不足、組織の虚血を引き起こす可能性があります。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の挿入と管理
挿入技術
フェモラールアプローチ
フェモラールアプローチ(femoral approach)は、IABP挿入のための最も一般的なアプローチです。この方法は、大腿動脈を介してバルーンカテーテルを挿入するものです。
手順の概要
- 患者の鼠径部を消毒し、局所麻酔を施します。
- 大腿動脈を穿刺し、シースを挿入します。
- シースを通してバルーンカテーテルを大動脈内に進めます。
- カテーテルの正確な位置を確認するためにX線ガイドを使用します。
- バルーンの位置が適切であることを確認した後、バルーンのインフレーションとデフレーションを開始します。
利点
- 比較的簡単にアクセスできる。
- 広範な臨床経験と文献が利用可能。
潜在的な合併症
- 血管損傷
- 出血
- 感染
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の管理とモニタリング
管理とモニタリング
IABP治療の効果を評価し、患者の安全を確保するためには、定期的な監視と適切な管理が必要です。
圧力波形の解釈
IABPによる治療の効果を評価するためには、圧力波形の解釈が不可欠です。圧力波形の観察を通じて、IABPのタイミングの正確性や、治療による心臓の負荷軽減の効果を評価することができます。
圧力波形の特徴
- 収縮期ピーク: 大動脈内バルーンパンピング(IABP)のデフレーションが収縮期に合わせて行われると、心臓のポンプ作用をサポートし、収縮期の圧力ピークを軽減します。
- 拡張期増強: 大動脈内バルーンパンピング(IABP)のインフレーションが拡張期に合わせて行われると、拡張期の圧力が増強され、冠動脈への血流が改善します。
正確なタイミングの確認
- 圧力波形を観察し、大動脈内バルーンパンピング(IABP)のインフレーションとデフレーションが心臓の拡張期と収縮期に正確に同期していることを確認します。
安全管理
大動脈内バルーンパンピング(IABP)治療中は、患者のコンプライアンスと治療の安全性を継続的にモニタリングすることが重要です。
観察項目
- IABP駆動状況: バルーンが適切に機能しているか定期的にチェックします。
- 挿入部位の状態: 挿入部位の感染や血腫の発生を防ぐために、挿入部位を定期的に観察します。
- 血流動態の変化: 血圧や心拍数などの血流動態指標をモニタリングし、必要に応じて治療計画を調整します。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)の合併症と対処法
一般的な合併症
IABPに関連する一般的な合併症には、血管損傷と感染があります。これらの合併症は、適切な予防措置と早期の対応によって管理することができます。
血管損傷
大動脈内バルーンパンピング(IABP)のカテーテル挿入時や治療中に大腿動脈や他の血管が損傷を受ける可能性があります。
対処法
- 血管損傷の早期発見: 挿入部位の観察と患者の血流動態のモニタリングを通じて、血管損傷の早期発見に努めます。
- 迅速な治療: 血管損傷が発生した場合は迅速な医療介入が必要です。損傷部位の修復や必要に応じて血管外科手術が行われます。
感染
大動脈内バルーンパンピング(IABP)のカテーテルや挿入部位が感染するリスクがあります。
対処法
- 無菌操作: カテーテル挿入時とその管理中に無菌操作を徹底します。
- 挿入部位のケア: 挿入部位を定期的に清潔に保ち、感染の兆候を早期に発見できるようにします。
- 感染の早期診断: 感染の症状が見られた場合は、速やかに診断を行います。
- 適切な抗菌薬の投与: 感染が確認された場合は、適切な抗菌薬治療を開始します。
- カテーテルの交換または除去: 感染がカテーテル関連であると判断された場合は、カテーテルを交換または除去することが必要です。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)とは何ですか?
大動脈内バルーンパンピング(IABP)は、心筋梗塞や心不全、心臓手術後の患者において心筋への血流を改善し、心臓の負担を軽減するために使用される補助循環装置です。大動脈内でバルーンを膨張・収縮させることにより、血流動態を改善します。
IABPの目的は何ですか?
IABPの主な目的は、心筋梗塞の治療における生存率の向上、重度の心不全患者の症状改善、および開心術後の心機能回復の促進です。これにより、心筋への酸素供給の向上、心臓の仕事量の軽減、血圧の安定化を図ります。
IABPのメリットは何ですか?
IABPには、心筋の酸素供給の向上、心臓の仕事量の軽減、血圧の安定化、および心不全や心筋梗塞後の合併症のリスク低減など、多くのメリットがあります。これらは、患者の生存率向上と生活の質の向上に寄与します。
IABPの適応と禁忌は何ですか?
IABPの使用は心原性ショックや不安定狭心症など、特定の臨床状況下で推奨されます。しかし、大動脈解離、重度の大動脈弁閉鎖不全症、重篤な末梢血管疾患など、IABPの使用がリスクを伴うまたは治療効果が期待できない病態では禁忌とされます。
IABPの挿入技術と管理にはどのような点がありますか?
IABPの挿入には一般的にフェモラールアプローチが使用され、大腿動脈を介してバルーンカテーテルが挿入されます。治療の効果を評価し、患者の安全を確保するためには、圧力波形の解釈、IABP駆動状況のモニタリング、挿入部位の状態観察、血流動態の変化の監視が必要です。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
2023 年JCS/JSCVS/JCC/CVIT ガイドラインフォーカスアップデート版
PCPS/ECMO/循環補助用心内留置型ポンプカテーテルの適応・操作
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_nishimura.pdf【株式会社増富の関連コラム】
・心筋梗塞
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例