末梢血管治療(EVT)の概要
末梢血管治療(Endovascular Therapy:EVT)は、血管内治療技術を用いて末梢血管疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)などの血管障害を治療する方法です。以前は 経皮的経管的血管形成術(Percutaneous Transluminal Angioplasty: PTA)と呼ばれていましたが、血管形成に限定した治療ではないことから、現在はEVTと呼ばれています。
末梢血管治療(EVT)の定義と目的
EVT(末梢血管治療)は、バルーン(風船)やステント(網目状の金属)などの血管内デバイスを用いて、血管の狭窄や閉塞を改善させるカテーテル治療です。心臓や脳以外の身体部位、特に下肢に影響を与える末梢動脈疾患※の患者に対して行われます。EVTの主な目的は、血流を改善し、疾患による症状の軽減、生活の質の向上、さらには壊疽や切断などの重篤な合併症を防ぐことです。
※ 末梢動脈疾患(PAD)の基礎知識
末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)は、主に手足、特に下肢の動脈が動脈硬化によって内腔が狭くなったり閉塞することにより血行障害が起こり、手足に十分な血液が供給できなくなる状態です。以前は閉塞性動脈硬化症(Arterio Sclerosis Obliterans:ASO)と呼ばれていましたが、最近では末梢動脈疾患という呼び方が一般的になっています。末梢動脈疾患の主な原因は、動脈硬化による血管の狭窄や閉塞であり、症状としては、歩行時の疼痛、冷感、傷の治癒遅延、安静時の疼痛、重度の場合には壊疽に至ることもあります。末梢動脈疾患の診断は、足の動脈の触診、血圧の比較、超音波検査、血管造影などによって評価が行われます。
末梢血管治療(EVT)の歴史的背景と進化
EVTは20世紀初頭に登場して以来、技術の進歩とともに大きな進化を続けてきました。初期の血管内治療は単純な経皮的バルーン血管形成術(POBA)に限られていましたが、時間が経つにつれてステント留置、アテレクトミー 、薬剤溶解ステント(DES)、薬剤溶出性バルーン(DEB)などの効果的な治療方法が開発されました。末梢血管治療(EVT)はPAD患者にとって手術よりも低侵襲でリスクが低いことから治療の選択肢として重要な位置を占めるようになりました。
末梢血管治療(EVT)の適応症例
末梢血管治療(EVT)の適応について、患者選択基準や禁忌について詳しく説明します。これらの基準を理解することは、患者にとって最適な治療計画を立てる上で不可欠です。
適応と病態
末梢血管治療(EVT)は、上肢や下肢の血流不足を引き起こす末梢動脈疾患(PAD)の患者の治療に適しており、狭窄や閉塞がある動脈の血流を改善させるために用いられます。適応として以下のような症状が含まれます。
- 下肢虚血、特に末梢動脈疾患によるもの
- 間欠跛行(歩行時の痛みや不快感)
- 重症下肢虚血(足の血液の流れが非常に乏しい状態)
- 潰瘍や壊疽(重度の虚血状態)
- 急性動脈閉塞(血管が突然詰まり血流が途絶えてしまった状態)
Fontaine(フォンテイン)分類
Fontaine(フォンテイン)分類は、下肢虚血の重症度を評価する際に末梢動脈疾患などに用いられるスケールのことです。下肢の末梢動脈が動脈硬化などにより進行すると、下肢に痛みやしびれなどの症状が出現します。こうした臨床症状から、下肢動脈の狭窄や閉塞の状態、進行度、最終的にⅠ〜Ⅳの4段階で重症度を評価します。
末梢血管治療(EVT)の禁忌
末梢血管治療(EVT)は多くの患者にとって安全かつ有効な治療法ですが、一部の患者には適していない場合があります。禁忌には以下が含まれます。
- 治療対象の血管が極端に狭窄している、または完全に閉塞している場合
- 重篤な心臓病やその他の医療状態が治療のリスクを高める場合
- 凝固障害や治療に必要な薬剤に対するアレルギーなどがある場合
- 患者が治療後の安静度を守れない場合
患者選択基準と評価方法
末梢血管治療(EVT)を行うにあたり、患者の健康状態、疾患の重症度、および期待される治療に対する評価をする必要があります。患者選択基準には以下が含まれます。
- 血管造影や超音波検査、ABI検査などによる狭窄や閉塞の確認
- 他の治療法(薬物療法や生活習慣の改善)に反応しない症例
- 治療を受けるにあたり全身状態が安定していること
- 患者がEVTによる治療のリスクとメリットを理解し、同意すること
画像診断と血管内治療計画
末梢血管治療(EVT)を行う前には、詳細な画像診断が不可欠です。血管造影、CT血管造影(CTA)、MRI血管造影(MRA)などの画像診断技術を使用して、治療計画を立てます。これにより、治療対象の血管の正確な位置、狭窄の程度、プラークの特性を把握し最適な治療法を選択します。
治療手順
末梢血管治療(EVT)は、狭窄や閉塞している末梢動脈を治療するために行われる低侵襲のカテーテル治療です。この治療によって、滞っていた血液の流れを改善させます。末梢血管治療(EVT)の治療時間は平均約2〜3時間ですが、困難な症例の場合には、4時間以上を要することもあります。
カテーテルの挿入
アクセスポイントの選定
通常下肢の場合、大腿部の付け根の大腿動脈を介して治療が行われます。医師は挿入部位を消毒し、局所麻酔を行います。
カテーテルの挿入と進行
動脈を介して直径約2mm程度の細長い柔軟なチューブであるカテーテルを下肢動脈に向けて進めていきます。その際、X線透視画像を確認しながらカテーテルの正確な位置を把握します。
末梢血管治療(EVT)の技術
EVTの基本的な技術から高度な技術、そして血管内治療の計画に至るまで、その技術と手順を詳細に解説します。
末梢血管治療(EVT)の技術
末梢血管治療(EVT)における基本的な技術には、経皮的バルーン血管形成術(POBA)、ステント留置、薬剤溶解ステント(DES)、薬剤溶出性バルーン(DEB)、アテレクトミーなどがあります。
経皮的バルーン血管形成術(POBA)
経皮的バルーン血管形成術(Percutaneous Old Balloon Angioplasty:POBA)は、狭窄した血管を拡張するために、バルーンカテーテルを使用する技術です。カテーテルは血管を通して狭窄部位に導入され、バルーンが膨らむことで血管壁を圧迫し、血流の改善を図ります。
ステント留置
ステント留置は、バルーンカテーテルにて血管拡張後に再狭窄するのを防ぐために行われます。ステントは金属製のメッシュチューブで、拡張された血管内に留置され、血管が開いた状態を維持するために有効です。
アテレクトミー
アテレクトミーは、血管内の動脈硬化性プラークを物理的に除去する手法です。特殊なカテーテルを使用し、プラークを削り取ることで血流を改善します。
高度な技術と革新的手法
末梢血管治療(EVT)の分野では、新しい技術と革新的手法が治療方法として開発されています。
薬剤溶出性バルーン(DEB)
薬剤溶出性バルーン(Drug Eluting Balloon:DEB)は、バルーンの表面に薬剤を塗布し、拡張時に狭窄部位の血管壁に直接薬剤を放出します。これにより、再狭窄のリスクを低減させることができます。
薬剤溶解ステント(DES)
薬剤溶解ステント(Drug Eluting Stents:DES)トは、ステントの表面に薬剤を塗布しており、ステント留置後に薬剤を徐々に放出し、血管内皮細胞の過剰な増殖を抑制します。これにより、再狭窄のリスクを著しく低下させることが可能です。
EVTの合併症とリスク管理
EVTの一般的な合併症、特殊な状況でのリスク管理、および患者のフォローアップと長期管理について詳細に説明します。
一般的な合併症とその対処法
末梢血管治療(EVT)は比較的安全な手法ですが、一般的な合併症には以下のものがあります
血管損傷
血管損傷は、カテーテルやバルーン、ステントの挿入によって生じることがあります。このような損傷は、血管内出血や偽動脈瘤の形成を引き起こす可能性があります。対処法には、血管内ステントの配置や、必要に応じて外科的修復が含まれます。
再狭窄
再狭窄は、治療された血管が時間の経過とともに再び狭窄することです。薬剤溶出性バルーン(DEB)や薬剤溶解ステント(DES)の使用により、このリスクを低減させることが可能です。
血栓形成
EVT後に血管内で血栓が形成されることがあります。これを防ぐためには、抗血小板療法や抗凝固療法が推奨されます。
末梢血管治療(EVT)のリスク対策
一部の患者では、基礎疾患や既往歴によってEVTのリスクが高まる場合があります。これらのリスクに対しては、個別の評価と対策が必要です。
慢性腎不全
慢性腎不全の患者では、造影剤による腎機能のさらなる悪化のリスクがあります。低浸透圧造影剤の使用や、適切な水分補給により、このリスクを管理します。
造影剤アレルギー
ヨード造影剤に対する過敏症のある患者では、予防的にステロイドや抗ヒスタミン薬の前投与が行われます。
糖尿病
糖尿病に用いられる、ビグアナイド系糖尿病薬は、ヨード造影剤投与により一過性に腎機能が低下した場合、乳酸アシドーシスを発症するリスクとなるので治療の前後に休薬しリスク管理をします。
患者のフォローアップと長期管理
末梢血管治療(EVT)後の患者管理は、合併症の早期発見と治療成果の維持に不可欠です。
定期的な臨床評価
末梢血管治療(EVT)後は、定期的な臨床評価が推奨され、症状のモニタリング、足脈拍の確認、および必要に応じて画像診断が含まれます。
生活習慣の改善
喫煙の禁止、健康的な食生活、定期的な運動は、血管健康を維持し、再狭窄のリスクを低減させるために重要です。
薬物療法
抗血小板療法やスタチンなどの薬物療法は、末梢血管治療(EVT)の長期成果を最大化し、心血管イベントのリスクを低減させるために重要な役割を果たします。
末梢血管治療(EVT)の多様な臨床応用
末梢血管治療(EVT)は、主に治療が行われている下肢虚血以外の他の末梢血管疾患の治療にも応用されています。
腎動脈狭窄
薬物治療で高血圧等のコントロールが困難な腎動脈狭窄などに対してもEVTの治療が行われます。
上肢の血管疾患
運動時の上肢の痛みやしびれを伴う上肢の鎖骨下動脈の狭窄や閉塞などに対してもEVTの治療が行われます。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
末梢血管治療(EVT)とは何ですか?
末梢血管治療(EVT)は、バルーンやステントなどの血管内デバイスを用いて血管の狭窄や閉塞を改善するカテーテル治療です。主に末梢動脈疾患(PAD)を対象とし、下肢に影響を与える血管障害の治療に用いられます。
末梢動脈疾患(PAD)とはどのような状態ですか?
末梢動脈疾患(PAD)は、動脈硬化によって主に手足、特に下肢の動脈が狭くなったり閉塞することにより血行障害が起こり、十分な血液が供給できなくなる状態です。症状には歩行時の疼痛や冷感、傷の治癒遅延などがあります
末梢血管治療(EVT)の適応症例にはどのようなものがありますか?
末梢血管治療(EVT)は下肢虚血、間欠跛行、重症下肢虚血、潰瘍や壊疽、急性動脈閉塞など、末梢動脈疾患(PAD)による血流不足を引き起こす状態に適応されます
末梢血管治療(EVT)の合併症にはどのようなものがありますか?
末梢血管治療(EVT)の一般的な合併症には血管損傷、再狭窄、血栓形成などがあります。これらは、血管内ステントの配置や抗血小板療法などにより対処可能です。
末梢血管治療(EVT)後の患者管理には何が必要ですか?
EVT後の患者管理には、定期的な臨床評価、生活習慣の改善、および薬物療法が含まれます。これにより合併症の早期発見と治療成果の維持が目指されます。
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【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
末梢動脈疾患ガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Azuma.pdf
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例