心電図の基本
心電図(ECGまたはEKG)は、医療分野における基礎的かつ不可欠な診断ツールです。この記事では、心電図の基本的な概念、その歴史的背景、および主要な用途について詳しく掘り下げます。
心電図とは何か
心臓は収縮と拡張を繰り返しており、その際に微弱な電流が発生します。この心臓の微弱な電流を体に装着した電極でとらえ、その波形を心臓の電気活動としてグラフイカルに記録したものが心電図です。
心電図は、特殊な紙に描かれた波形として表示され、これを読み解くことで、心臓のリズム、心拍数、さらには特定の種類の心臓病を識別することが可能になります。
心電図の歴史的背景
心電図の歴史は、1903年にさかのぼります。最初の心電図は、オランダの物理学者ウィレム・アイントーヴェンによって開発されました。彼は心電図機器、特に心電計の開発における先駆者であり、1921年にはその業績によりノーベル賞を受賞しました。アイントーヴェンの仕事は、心臓の電気的活動を正確に記録し、解析する方法を提供し、現代医学における心臓病診断の基礎を築きました。
心電図の主要な用途
心電図は初期のスクリーニング検査に用いられ、不整脈や虚血性心疾患の診断において中心的な役割を果たします。また、電解質異常や心肥大などの診断の材料に用いられることもあります。
患者への侵襲が少なく簡便であり、循環器疾患の疑いがある場合に広く用いられています。その主要な用途は以下の通りです。
心臓のスクリーニング検査
無症状者を対象に、心疾患の疑いのある患者を発見することを目的として心電図検査を行います。
不整脈の診断
心電図は、心臓のリズム異常を特定し不整脈の種類を識別するために広く使用されます。頻脈性不整脈や徐脈性不整脈、特有の頻脈性症候群など多くの不整脈が特有の心電図パターンを示します。
虚血性心疾患の診断
心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患によって心筋への血流が遮断された心筋虚血の際に生じる特徴的な心電図波形を検出します。
その他の診断
心電図は、電解質異常や心臓肥大などの診断の材料に用いられ、これらの異常を把握するための手がかりとなります。
薬物の影響のモニタリング
β遮断薬や抗不整脈薬などの薬物は心電図に影響を与えることがあり、治療の監視に有用です。すべての薬物が心電図に影響を与えるわけではありません。
心疾患のリスク評価
特定の心電図変化は、将来的な心疾患のリスクを示唆することがあります。
心電図は、病院やクリニックだけでなく、緊急医療の現場でのモニタリング装置としても使用されています。そのシンプルさと、広範な情報を提供する能力により、心電図は今日でも医療分野における基礎的な診断ツールの一つとしてその地位を保持しています。
心電図の種類
心電図は、モニター心電図、12誘導心電図、運動負荷心電図、ホルター心電図などの種類が主にあり、それぞれ目的や場面によって使い分けられます。
モニター心電図
モニター心電図は、持続的な心臓のモニタリングに適しており、不整脈や虚血性心疾患による入院患者や急変リスクのある患者に用いられます。
12誘導心電図
12誘導心電図は、12種類の波形が得られ、健康診断や救急外来での診断、術前検査などに用いられます。
運動負荷心電図
運動負荷心電図は、安静時には表れない異常を検出するために用いられ、心臓に負荷がかかった際の心電図の波形を記録することができます。
ホルター心電図
ホルター心電図は、発作的に起こる不整脈や狭心症などを検出するために用いられ、日常生活において心電図を24時間記録し、経時的な心電図の変化や自覚症状との関連などを評価することができます。
心電図の準備と実施
心電図(ECG)は、心臓の電気活動を記録し、心臓の健康状態を評価するための重要な手段です。心電図の正確な記録と解釈は、患者の準備、機器の正確なセットアップ、そして標準的な12誘導心電図の適切な配置に大きく依存します。
患者の準備
患者を心電図記録に適切に準備することは、信頼できるデータを得るために不可欠です。
患者説明
患者に心電図検査のプロセスを説明し、リラックスしてもらうことが重要です。不安を和らげ、正確な結果を得るためには、患者が落ち着いていることが必要です。
体位の調整
患者は背中を下にして横になる姿勢でリラックスする必要があります。これにより、心臓の位置が安定し、より一貫した記録が可能になります。
皮膚の準備
心電図電極を貼る部位の皮膚は清潔で乾燥している必要があります。必要に応じて、軽度の皮膚の剃毛やアルコールでの清浄を行うことがあります。
記録のための機器のセットアップ
正確な心電図記録には、機器の適切なセットアップが不可欠です。
心電図装置のチェック
記録前に装置が正しく機能していることを確認します。バッテリーの充電状態や紙の装填、機器のキャリブレーションなどをチェックしてください。
電極とケーブルの準備
必要な電極とケーブルが全て揃っており、正しく接続されていることを確認します。電極は一度使い切りのものが一般的で、ケーブルは適切に機器に接続されている必要があります。
標準的な12誘導心電図の配置
標準的な12誘導心電図は、心臓の異なる部位からの電気活動を詳細に捉えるため、4つの肢の電極と6つの胸部電極を使用します。
肢の電極の配置
右腕、左腕、右足、および左足に電極を配置します。これらは心臓の電気活動を縦軸で捉えるために使用されます。
胸部電極の配置
胸部電極(V1からV6)は、心臓の前面と左側面の電気活動を捉えるために特定の位置に配置されます。これらの正確な位置は、心臓の異なる部位からの信号を捉えるために重要です。
心電図の波形と間隔
心電図(ECG)の波形と間隔は、心臓の電気活動の重要な指標です。これらの要素を解析することで、心臓の健康状態や潜在的な問題を特定することができます。
P波
P波の意味と正常範囲
P波は、心房の収縮、つまり心房の電気的な興奮を示します。正常なP波は、波形が滑らかで、一定の幅と高さを持ち、各心拍に先行して現れるべきです。正常範囲内であれば、P波の幅は0.08秒から0.12秒、高さは2.5mm以下であるとされます。P波の異常は、心房の問題、例えば心房細動や心房肥大を示唆する可能性があります。
QRS複合体
QRS複合体の解釈
QRS複合体は、心室の収縮、つまり心室の電気的興奮を表します。正常なQRS複合体の持続時間は0.06秒から0.10秒であり、この範囲内であれば心室の電気的興奮が適切に進行していることを示します。QRS複合体の幅の拡大は、心室の伝導異常を示すことがあります。これは、例えば心室肥大や束枝ブロックの兆候となり得ます。
T波
T波の変化とその意味
T波は、心室の再分極、すなわち心室が次の収縮に備えてリセットされる過程を示します。正常なT波は、一般にQRS複合体と同じ方向に向かっています。T波の異常な反転や異常な高さは、心筋虚血、電解質不均衡、または他の心臓病の可能性を示すことがあります。
PR間隔
PR間隔の評価
PR間隔は、P波の開始からQRS複合体の開始までの時間を測定し、これによって心房から心室への電気的な信号の伝達時間を評価します。正常なPR間隔は0.12秒から0.20秒の範囲です。PR間隔の延長は、心房と心室の間の伝導遅延を示すことがあり、これは第一度の房室ブロックの兆候となることがあります。
QT間隔
QT間隔の延長とそのリスク
QT間隔は、QRS複合体の開始からT波の終了までの時間を測定し、心室の完全な電気的サイクルを反映します。QT間隔の延長は、心室性不整脈のリスクを増加させる可能性があり、特にトルサード・ド・ポワントという危険な形態の不整脈のリスクが高まります。QT間隔の延長の原因には、遺伝的要因、電解質不均衡、または特定の薬物の使用が含まれます。
心電図の解釈
心電図(ECG)の解釈は、心臓の健康状態を理解し、潜在的な問題を特定するために不可欠です。ここでは、正常な心電図の特徴、心拍数の計算方法、および一般的な心電図異常の識別について詳しく説明します。
正常な心電図の特徴
正常な心電図は、心臓の健康な電気活動を反映しています。主な特徴には以下が含まれます。
- P波は、各心拍に先立って現れ、心房の正常な収縮を示します。
- PR間隔は、心房と心室の間の正常な電気的伝達時間を反映し、0.12秒から0.20秒の範囲内です。
- QRS複合体は、心室の収縮を示し、0.06秒から0.10秒の持続時間を持ちます。
- T波は、心室の再分極を示し、一般にQRS複合体と同じ方向に向かっています。
心拍数の計算方法
心電図上で心拍数を計算するには、R波とR波の間隔(R-R間隔)を測定し、1分間に何回心拍があるかを計算します。一般的な方法は、R-R間隔(秒単位)を60(1分間の秒数)で割ることです。また、心電図紙が特定の速度(例えば、1mm/sec)で進む設定の場合、R波間の距離を紙のスケールに照らし合わせて心拍数を推定することも可能です。
心電図の記録紙
記録紙は、1mm四方の小さなマスを1コマとして5mmごとに太い線が入った方眼紙になっています。通常の紙送りの速度は25mm/秒で、横軸は時間(秒)を、縦軸は電位(mV)を表します。25mmが1秒に相当するため、横軸の1mmは0.04秒に、1分(60秒)は1,500mmとなります。電位については、1mmが0.1mVに相当します。
心電図異常の識別
心電図の異常は、様々な心臓病の重要な手がかりとなります。
心筋梗塞
心電図上の変化:
心筋梗塞では、ST上昇や新たなQ波の出現だけでなく、T波の変化、ST-T波の異常など、様々な心電図上の変化が現れます。
ST上昇:
ST上昇は、心筋の虚血または梗塞を示唆しますが、必ずしも心筋梗塞を意味するわけではありません。心膜炎や偽陽性など、他の原因によってもST上昇が起こることがあります。
新たなQ波:
新たなQ波は、心筋梗塞による心筋の壊死を示唆しますが、心筋梗塞以外の原因によっても出現することがあります。心筋梗塞の診断には、心電図所見だけでなく、症状や検査結果などを総合的に判断する必要があります。
心房細動
心電図上の特徴:
心房細動では、P波が不規則または消失し、R-R間隔が非常に不規則になるだけでなく、f波と呼ばれる不規則な波形が出現することがあります。
心房収縮:
心房細動では、心房が非効率的にかつ非常に高速に収縮しているのではなく、心房が細かく震えるように収縮し、心室への血液送り込みが不規則になります。
心室細動
心電図上の特徴:
心室細動では、極めて不規則な波形が観察され、明確なP波、QRS複合体、またはT波が必ずしも識別できないわけではありません。心室細動では、P波、QRS複合体、T波が完全に消失し、不規則な波形のみが出現します。
その他不整脈
上室性頻拍、心室性頻拍、房室ブロックなどの不整脈は、それぞれ異なる特徴的な心電図パターンを示します。これらの不整脈の診断には、心電図所見だけでなく、症状や検査結果などを総合的に判断する必要があります。
心電図の高度な解釈
心電図(ECG)の高度な解釈は、臨床診断において非常に重要です。微妙な兆候の識別や特殊な状況下でのECGの読み方を理解することは、正確な診断と効果的な治療計画の策定に不可欠です。
心電図における微妙な兆候
心電図には、一見すると見過ごされがちながら、重要な臨床的意義を持つ微妙な兆候が含まれることがあります。
低電圧
心電図の全般的な電圧が低い場合、心膜液貯留や心筋症だけでなく、低栄養、肺塞栓症、心筋梗塞など、様々な原因が考えられます。
異常な軸
心電図の電気軸が正常範囲から逸脱している場合、心室肥大や心筋損傷だけでなく、肺疾患、先天性心疾患、ペースメーカーなどの原因も考慮する必要があります。
早期再分極
若者やアスリートだけでなく、一般人にも見られることがあります。早期再分極は、心房細動などの不整脈のリスクを高める可能性があります。
特殊状況下での心電図の読み方
特定の個人群では、心電図の解釈に特別な注意が必要です。これにはスポーツ選手、小児、および高齢者が含まれます。
スポーツ選手の心電図
スポーツ選手の心電図は、高度な身体訓練による心臓の適応を反映するため、心室肥大や早期再分極だけでなく、左室肥大、房室ブロック、心筋梗塞などの心疾患の可能性も考慮する必要があります。これらの変化は心疾患の兆候でもあるため、専門家による慎重な評価が必要です。
小児と高齢者の心電図
小児の心電図は、成長と発達の過程で変化します。小児期には心電図の正常値が年齢によって異なるため、解釈には年齢特有の基準を考慮する必要があります。一方、高齢者の心電図は、加齢に伴う心臓の変化だけでなく、薬物療法の影響も考慮する必要があります。例えば、伝導障害や異常なQ波が加齢の自然な過程の一部として見られることがありますが、これらは心疾患の指標でもあり得ます。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
心電図(ECG)とは何ですか?
心電図は、心臓の電気活動をグラフィカルに記録したもので、心臓のリズム、心拍数、特定の心臓病の識別などに使用されます。
心電図の主要な用途は何ですか?
心電図は、不整脈や虚血性心疾患の診断、電解質異常や心肥大の検出、薬物の影響のモニタリング、心疾患のリスク評価などに使用されます。
心電図にはどのような種類がありますか?
主にモニター心電図、12誘導心電図、運動負荷心電図、ホルター心電図があり、目的や場面に応じて使い分けられます。
心電図を読み解く際に重要な波形と間隔は何ですか?
P波、QRS複合体、T波、PR間隔、QT間隔が心電図解析の基本で、心臓の電気活動や潜在的な問題を特定するのに重要です。
心電図の記録における患者の準備には何が含まれますか?
患者に心電図検査のプロセスを説明し、リラックスしてもらうこと、体位の調整、皮膚の清潔と乾燥の確保などが含まれます。
まとめ
心電図は、心臓の電気活動を記録し、心臓病の診断や健康状態のモニタリングに不可欠なツールです。心電図の波形と間隔の意味、正常な心電図の特徴、心拍数の計算方法、そして一般的な心電図異常の識別方法についての理解が深まったことを願います。
心電図の読み方を学ぶことは、医療専門家だけでなく、医療に関心のあるすべての人にとって有益です。知識を深め、経験を積むことで、より正確な解釈が可能になり、最終的にはより良い患者ケアにつながります。
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
不整脈の診断とリスク評価に関するガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Takase.pdf・公益社団法人 日本人間ドック学会
標準12誘導心電図検診判定マニュアル
https://www.ningen-dock.jp/wp/wp-content/uploads/2013/09/shindenzumanual_02.pdf
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例