エプスタイン病の概要
エプスタイン病は、心臓の先天性心疾患の一種で、主に三つの異常から成る複雑な病態です。これには、1) 三尖弁の異常な位置づけ、2) 右心室の「萎縮」または発育不全、そして3) 心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)などの他の心奇形が伴う場合があります。この病気の特徴は、三尖弁の「下移動」にあり、これが右心室の機能不全と容積負荷を引き起こします。
エプスタイン病 発症の原因
エプスタイン病の発症原因は、現在のところ完全には解明されていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています。この疾患は、胎児期の心臓発達中に起こる異常によって引き起こされ、特に三尖弁の形成に影響を及ぼします。以下は考えられる主な原因です。
遺伝的要因
エプスタイン病の発症には遺伝的要因が関与している可能性があります。一部の患者では、特定の遺伝子変異や染色体異常がこの疾患と関連していることが示されています。これは、家族内でのエプスタイン病の発生率が高いことからも裏付けられています。しかし、多くの症例では特定の遺伝的パターンは認められず、病気の発生は偶発的なものと考えられています。
環境要因
妊娠中の母親が感染症に罹患したり、特定の薬物を摂取したりすることが、胎児の心臓発達に影響を及ぼし、エプスタイン病のリスクを高める可能性があります。特に、妊娠初期にルーベラウイルスに感染した場合、心臓の奇形のリスクが高まることが知られています。
エプスタイン病の症状
エプスタイン病は、病態の重症度や患者の年齢、体質などによって、症状が大きく異なることが特徴です。この疾患は、三尖弁の異常に起因し、心臓の効率的な機能を妨げるため、体全体に多様な影響を及ぼします。
呼吸困難や急速な呼吸
心臓が血液を効率的にポンプできないために生じる症状です。これは、特に肉体活動中や横になっているときに顕著になります。新生児や幼児では、授乳中や泣いているときに特に呼吸困難が見られることがあります。
疲労感
体内の組織や器官への酸素供給が不十分なため、患者は通常の活動でも疲れやすくなります。これは、心臓が必要とする仕事の量が通常よりも多いためです。
心拍数の異常や不整脈
エプスタイン病による心室の構造的な問題は、心臓のリズムを乱す可能性があります。特に、「心房細動」と呼ばれる不整脈は、成人患者で一般的に見られます。
青白い皮膚や爪
これは、血液中の酸素レベルが低下することによるもので、特に労作時に顕著になることがあります。重度の症例では、これは安静時でも発生する可能性があります。
腹部の膨満感や肝臓の腫大
右心室の機能不全により、血液が体の他の部位に滞留し、特に肝臓の圧迫や腫大を引き起こすことがあります。
足の腫れや体重の増加
体内の液体の保持が原因で、下肢の腫れや急激な体重増加が見られることがあります。
これらの症状は、エプスタイン病の進行に伴い、時間とともに変化する可能性があります。
エプスタイン病の診断
エプスタイン病の診断は、患者の症状、臨床的所見、およびさまざまな診断テストの結果に基づいて行われます。この疾患の特定は、しばしば複雑であり、正確な診断と適切な治療計画の策定のためには、総合的なアプローチが必要です。
聴診
医師は胸部を聴診することで心音を聞き取ることができます。エプスタイン病は、特徴的な心雑音が聴取されることがあります。
心電図検査
心電図は心臓の電気的な活動を記録する検査です。エプスタイン病の場合、右房負荷、一度房室ブロック(PQ延長)、右脚プロックなどの心電図波形が見られることがあり、WPW症候群の合併例では、上室性頻拍や偽性心室細動(1:1の心房粗動)の波形が見られることがあります。
胸部X線検査
胸部X線は、心臓のサイズや形状、肺の血流の状態を評価します。エプスタイン病の場合、右房拡大により右第2弓が突出したバルーン型の心陰影の心拡大や肺血流減少による肺血管陰影の減少の所見を認めることがあります。
心エコー検査
心エコー検査は、心臓の詳細な画像を提供する非侵襲的な検査です。エプスタイン病の確定診断には、心エコー検査が用いられ、右房拡大、右房化右室と機能的右室や三尖弁の逆流が見られることがあります。
心カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、心臓に細い管(カテーテル)を挿入し、直接心臓内部の圧力や血液の流れを測定する検査です。エプスタイン病の場合、三尖弁、右心室、肺動脈弁の形態や合併疾患を調べるために手術前の評価として行われることがあります。
エプスタイン病の保存的治療・対症療法
エプスタイン病は、その症状や病態の重症度によって、治療のアプローチが異なります。全ての患者が即座に手術を必要とするわけではなく、症状が軽度である場合や、手術に踏み切るにはリスクが高いと判断される場合は、保存的治療が選択されることがあります。
薬物療法
心不全の症状を管理するために、利尿剤が処方されることがあります。これにより、体内の余分な液体が排出され、呼吸困難や腫れの緩和が期待されます。不整脈がある場合、抗不整脈薬が使用されることがあります。これらは心臓のリズムを正常化し、不整脈のリスクを減らします。さらに、心臓の負担を軽減するために、ACE阻害剤やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が処方されることがあります。これらは血圧を下げ、心臓の仕事を助けます。
酸素療法
チアノーゼや呼吸困難がある患者には、酸素療法が推奨されることがあります。これにより、血液中の酸素レベルが向上し、これらの症状が緩和されます。
エブスタイン病の外科的治療法(手術について)
生まれてまもなくから症状(呼吸不全や心不全)が出る場合は、新生児期や乳児期に手術が必要となることがあります。三尖弁が修復可能で右心室の機能の回復が見込める場合は、弁を修復、もしくは人工弁に置き換えて通常の循環を目指します。弁の修復が困難なものや右心室の機能の回復が見込めない場合は、三尖弁をほぼ閉鎖し右心室を縫い縮めて肺の圧迫をとり、Fontan手術(フォンタン)を目指すことになります。
手術手順
手術方法は症例によって異なりますが、三尖弁が修復可能であるエブスタイン病の手術(三尖弁形成術or三尖弁置換術)は以下の手順にて行われます。
①開胸:全身麻酔下にて、執刀医のDrが左側開胸を行います。
②体外循環開始:手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せます。心臓の動きを止める為、心筋保護液という液体を流し、心停止させます。
③三尖弁形成術(置換術):心臓を切開し、右心房と右心室の間の三尖弁を形成、または人工弁に置き換えて、弁の機能を修復します。
④心臓機能の回復:切り開いた心臓や血管を縫合し、人工心肺を停止し、心臓の動きが自然に回復することを確認します。
⑤閉胸:患者様の全身状態に注意しながら閉胸し、手術終了です。
三尖弁が修復可能→三尖弁形成術 or 三尖弁置換術三尖弁の修復では回復が見込めない→BTシャント→Glen手術→Fontan手術
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
エプスタイン病とは何ですか?
エプスタイン病は心臓の先天性疾患で、三尖弁の異常配置、右心室の萎縮、心房中隔欠損症などが特徴です。
エプスタイン病の原因は何ですか?
原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因や胎児期の心臓発達中の異常、環境要因などが関与すると考えられています。
エプスタイン病の典型的な症状は何ですか?
典型的な症状には呼吸困難、疲労感、不整脈、青白い皮膚や爪、腹部の膨満感、足の腫れなどがあります。
エプスタイン病の診断方法は何ですか?
診断には聴診、心電図、胸部X線、心エコー検査、心カテーテル検査などが用いられます。
エプスタイン病の治療法は何ですか?
治療法には薬物療法、酸素療法が含まれ、重症の場合は三尖弁形成術や置換術などの手術が必要となることがあります。
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【参考文献】
・エブスタイン奇形、エプシュタイン病(Ebstein奇形、Ebstein病)国立循環器病センターhttps://www.ncvc.go.jp/hospital/section/ppc/pediatric_cardiovascular/tr19_ebstein/
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例