心臓カテーテルの概要
心臓カテーテルは、心臓病の診断と治療に使用される細長いチューブです。この手法は、非侵襲的(あるいは最小限侵襲的)でありながら、心臓の構造や機能に関する貴重な情報を提供し、特定の心臓疾患を治療する手段を提供します。
定義と目的
心臓カテーテルは、血管を通じて心臓に挿入される柔軟なチューブで、X線画像下で正確に位置を確認しながら操作されます。主な目的は、冠動脈の狭窄や閉塞、心臓弁の異常、心室の機能障害など、心臓病の診断に役立つ詳細な内部イメージを提供することです。また、冠動脈疾患(CAD)の治療に際して、ステントの挿入や冠動脈バイパス手術の前準備として使用されることもあります。
歴史的背景
心臓カテーテル法は20世紀初頭にその原型が開発され、その後数十年にわたり進化しました。1929年にドイツの医師ヴェルナー・フォルスマンが自らの静脈を通じてカテーテルを心臓に挿入する実験を行ったことが、この技術の歴史における重要な出来事とされています。その後、1931年にフォルスマンは同僚の医師と共に、初めてカテーテルを心臓に挿入することに成功しました。この大胆な自己実験は、心臓カテーテル法の可能性を世に示すものであり、それ以来、技術の進歩により手法はより安全で効果的なものとなり、現代の心臓病治療において不可欠なものとなっています。
主な種類とその用途
診断用カテーテル
心臓病の診断に用いられ、冠動脈の造影、圧力測定、酸素飽和度の評価などに使用されます。これにより、心臓の動き、血流、および心臓に血液を供給する血管の状態が評価されます。
治療用カテーテル
冠動脈疾患の治療に用いられ、ステント挿入やバルーン血管拡張術などの処置が含まれます。これにより、狭窄している血管を拡張し、血流を改善します。
特殊カテーテル
心臓の電気生理学的研究や、不整脈の治療、先天性心疾患の治療に用いられるカテーテルもあります。これらは心臓の電気的活動を詳細に記録し、異常な伝導経路を特定・治療するために使用されます。
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査(冠動脈造影とも呼ばれます)は、心臓の血管を詳細に観察し、冠動脈疾患の診断、心臓の機能評価、および必要に応じた治療法の決定を行うための重要な医療手続きです。この検査は、心臓病の症状を呈する患者や、心臓病のリスクが高い患者に推奨されることがあります。
検査の目的と適応症
心臓カテーテル検査の主な目的は、心臓の冠動脈の状態を評価し、狭窄や閉塞があるかどうかを確認することです。この検査は以下のような場合に適応されます。
胸痛、息切れ、その他の冠動脈疾患の症状がある場合
これらの症状は、心臓への血流が適切に行われていないことを示す可能性があります。
心電図やストレステストの異常が見られる場合
これらの初期検査で異常が見られた場合、心臓カテーテル検査によってより詳細な情報を得ることができます。
心臓の構造的異常や機能障害の評価が必要な場合
心臓の弁の問題や心室の機能障害など、心臓の構造や機能に関する問題を評価するために行われます。
心臓手術や冠動脈バイパス手術の前の評価
手術前の詳細な心臓の状態を把握するため、また手術計画を立てるために必要です。
既知の心臓疾患の進行状況のモニタリング
既に診断された心臓疾患の患者さんにおいて、疾患の進行状況を追跡し、治療計画の調整が必要かどうかを評価するために行われます。
検査前の準備
検査前には、患者は以下の準備を必要とする場合があります。ただし、検査前の準備は患者によって異なります。
食事制限
検査の6〜8時間前から絶食することが求められることがあります。
検査前の指示
患者によっては、特定の薬の摂取を一時的に中止するよう指示されることがあります。
アレルギー歴の確認
造影剤に対するアレルギーや過敏症がないか確認します。
一般的にほとんどの人は異常なく検査が終わりますが、稀に下記のような副作用が検査中もしくは検査後に生じる方がいます。
- ・軽い副作用
- 吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、発疹、かゆみ、発熱、せき など
- ・重い副作用
- 重い不整脈、ショック、けいれん、腎不全、意識消失 など
- ・血管外漏出
- 稀に造影剤が血管外に漏れ、痛みや腫れが生じ検査ができない場合もあります。
- ・遅発性副作用について
- 検査終了後1時間程度から数日後に、遅れて副作用が見られる場合があります。
手順の概要
心臓カテーテル検査は通常、局所麻酔下で行われます。手順は以下の通りです。ただし、内容は患者によって異なります。
- ・局所麻酔を施した後、主に股関節近くの大腿動脈または手の甲の動脈を通してカテーテルを挿入します。
- ・カテーテルを心臓に向けて慎重に進め、必要な位置に到達させます。
- ・造影剤を注入し、X線撮影を行いながら、冠動脈や心臓の構造を観察します。
- ・必要に応じて、圧力測定や組織のサンプル採取、治療(冠動脈ステント留置など)を行います。
- ・検査が終了したら、カテーテルを抜去し、穿刺部位を圧迫します。
使用される機器と技術
心臓カテーテル検査では、特定の機器と技術が使用され、心臓の詳細な内部画像を提供し、診断と治療の精度を高めます。
カテーテル
心臓内部や冠動脈へアクセスするために使用される細長いチューブです。このカテーテルは、血管を通じて心臓まで慎重に進められ、必要な診断や治療処置が行われます。
造影剤
X線撮影で血管や心臓の内部を可視化するために使用される特殊な液体です。造影剤はカテーテルを通じて注入され、冠動脈や心臓の構造をクリアに映し出します。
フルオロスコピー(X線透視装置)
リアルタイムで体内の動きを捉え、心臓や血管の詳細なイメージを提供するための装置です。フルオロスコピーは、カテーテルの正確な位置決めや造影剤の流れを監視するのに不可欠です。
圧力計測器
心臓や血管内の圧力を測定するために使用される機器です。これにより、心臓の機能や血流の状態を評価することができます。
心電図(ECG)装置
患者の心拍数やリズムを手術中に監視するための機器です。心電図は、患者の心臓の活動をリアルタイムで追跡し、不整脈などの異常を検出するのに役立ちます。
心臓カテーテル治療
心臓カテーテル治療は、心臓病の幅広い範囲に対応する最小侵襲性の治療法です。これには、冠動脈の疾患治療、心臓弁の異常修正、および心臓の構造的問題の修復が含まれます。以下に、主な治療法とその適用、治療前の準備、および治療手順の詳細を説明します。
治療法とその適用
冠動脈バイパスグラフト手術(CABG)
CABGは、冠動脈疾患(CAD)で血流が阻害されている患者に適用されます。この手術では、胸部外の部位から取った血管を使用して、狭窄または閉塞した冠動脈を迂回するバイパスを作成します。
ステント留置
ステント留置は、カテーテルを用いて冠動脈内にステント(小さなメッシュチューブ)を挿入し、狭窄した血管を開く治療法です。ステントは血管を開いた状態に保持し、血流を改善します。
弁置換術または修復
心臓の弁が正しく機能しない場合、弁置換術または修復が行われることがあります。これには、損傷した弁を人工弁で置き換えるか、可能であれば元の弁を修復する手順が含まれます。
治療前の準備
治療前の準備には、患者の全身状態の評価、治療リスクの詳細な説明、および患者の同意が必要です。患者は、手術前に特定の食事や薬の指示に従うよう指示されることがあります。また、術前検査として、血液検査、心電図(ECG)、心エコー検査などが行われることが一般的です。
治療手順の詳細
冠動脈バイパスグラフト手術
患者は全身麻酔下に置かれ、心臓外科医が胸部を開き、バイパス用の血管を取り、狭窄または閉塞した冠動脈を迂回させます。手術後、患者は集中治療室(ICU)で観察されます。
ステント留置
局所麻酔下で、カテーテルを大腿動脈または手首の動脈を通じて心臓に向けて進め、X線画像を参照しながら狭窄部位にステントを配置します。この処置は通常、数時間以内に退院可能な日帰り手術で行われます。
弁置換術または修復
この手術も全身麻酔を要し、心臓外科医が心臓の弁を修復または置換します。手術方法は、損傷の程度や弁の種類によって異なります。
リスクと合併症
心臓カテーテル治療は、心臓病の診断と治療において重要な役割を果たしますが、いくつかのリスクと合併症が伴います。これらのリスクは一般的に低いものの、患者やその家族は治療を受ける前にこれらの可能性を理解し、準備することが重要です。以下に、心臓カテーテル治療に関連する一般的なリスクと合併症、およびその管理と予防について詳述します。
一般的なリスク
心臓カテーテル治療に関連する一般的なリスクには、以下が含まれます。
出血
挿入部位からの出血は比較的一般的な合併症であり、大抵は軽度ですが、稀に重篤な出血が発生することがあります。
感染症
治療部位に感染が生じるリスクがありますが、これは通常、適切な無菌技術により最小限に抑えられます。
血管損傷
カテーテルを挿入する際に血管が損傷する可能性があります。
心臓の問題
心臓へのカテーテル挿入は、不整脈や、極めて稀ですが、心筋梗塞を引き起こす可能性があります。
腎機能障害
造影剤の使用は、特に既存の腎問題がある患者において、腎機能障害を引き起こす可能性があります。
合併症の管理と予防
心臓カテーテル治療に伴うリスクと合併症を管理し、予防するためには、以下の措置が重要です。
事前評価
患者の詳細な医療歴の評価と、必要に応じて追加検査を行うことで、リスク要因を事前に特定します。
適切な術前準備
患者を物理的にも精神的にも手術に備えさせ、必要な指示を提供します。
無菌技術の遵守
感染リスクを最小限に抑えるために、すべての医療従事者が厳格な無菌技術を遵守します。
術後ケア
手術後は、挿入部位のケア、適切な疼痛管理、早期の活動再開を通じて、合併症のリスクを低減します。
患者教育
患者とその家族に、術後のケア、合併症の早期発見、必要に応じた迅速な医療機関への連絡方法について教育します。
最新の研究と進歩
心臓カテーテル治療に関する最新の研究と技術革新は、心臓病の診断と治療において画期的な進歩をもたらしています。これらの進歩は、患者の治療結果を改善し、より安全で効果的な治療法の開発に寄与しています。以下では、最近の技術革新と新たな治療法、およびこれらの分野で行われている臨床試験と未来の展望について詳述します。
技術革新と新たな治療法
バイオリゾーバブルステント
従来の金属製ステントと異なり、バイオリゾーバブルステントは時間が経つと体内で自然に吸収される材料で作られています。これにより、血管の自然な動きを妨げることなく、長期的な合併症のリスクを低減できます。
心臓マッピング技術の進化
不整脈の診断と治療において、高度な心臓マッピングシステムが導入されています。これにより、心臓の電気的活動をより正確に追跡し、治療のターゲットを特定することが可能になります。
トランスカテーテル弁治療
トランスカテーテル心臓弁置換術(TAVR)やトランスカテーテル弁修復(TMVR)など、カテーテルを使用した心臓弁治療は、開胸手術の必要性を減らし、回復時間を短縮しています。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
心臓カテーテルとは何ですか?
心臓カテーテルは、心臓病の診断と治療に使用される柔軟なチューブで、血管を通じて心臓に挿入され、X線画像下で操作されます。非侵襲的(または最小限侵襲的)であり、心臓の構造や機能に関する貴重な情報を提供し、特定の心臓疾患を治療する手段を提供します。
心臓カテーテル検査の主な目的は何ですか?
心臓カテーテル検査の主な目的は、心臓の冠動脈の状態を評価し、狭窄や閉塞があるかどうかを確認することです。これにより、胸痛や息切れなどの症状の原因を特定し、心臓の構造的異常や機能障害を評価します。
心臓カテーテル検査に適応される症状や条件は何ですか?
心臓カテーテル検査は、胸痛や息切れなどの冠動脈疾患の症状、心電図やストレステストの異常、心臓の構造的異常や機能障害の評価が必要な場合、また心臓手術や冠動脈バイパス手術前の評価、既知の心臓疾患の進行状況のモニタリングに推奨されます。
検査前の準備にはどのようなことが含まれますか?
検査前の準備には、食事制限(検査の6〜8時間前から絶食)、特定の薬の摂取を一時的に中止する指示、造影剤に対するアレルギーや過敏症の確認などが含まれます。
心臓カテーテル検査の手順はどのように行われますか?
心臓カテーテル検査は局所麻酔下で行われ、主に大腿動脈または手の甲の動脈を通してカテーテルを挿入し、心臓に向けて進めて必要な位置に到達させた後、造影剤を注入しX線撮影を行いながら冠動脈や心臓の構造を観察します。
心臓カテーテル治療にはどのような方法がありますか?
心臓カテーテル治療には、冠動脈バイパスグラフト手術(CABG)、ステント留置、弁置換術または修復などの方法があります。これらは、冠動脈疾患の治療、心臓弁の異常修正、心臓の構造的問題の修復に使用されます。
心臓カテーテル治療のリスクと合併症には何がありますか?
心臓カテーテル治療に関連するリスクには、出血、感染症、血管損傷、心臓の問題(不整脈や心筋梗塞)、腎機能障害などがあります。これらのリスクの管理と予防には、事前評価、適切な術前準備、無菌技術の遵守、術後ケア、患者教育が重要です。
まとめ
心臓カテーテル検査について、その目的、適応症、検査前の準備、手順、そして使用される機器と技術についての詳細な説明を通じて、より深く理解できたのではないでしょうか。この検査は、心臓病の診断と治療において非常に重要な役割を果たしています。専門的な知識と技術を要するため、経験豊富な医療チームによる精密な操作が求められます。患者様自身が検査について理解し、準備や手順に協力することで、より安全で効果的な診断・治療が実現します。心臓カテーテル検査に関する今回の解説が、あなたの健康管理に役立つ情報となれば幸いです。
関連コラム
【参考文献】
一般社団法人 日本循環器学会
・急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/11/JCS2018_kimura.pdf一般社団法人 日本循環器学会
・2021年改訂版先天性心疾患,心臓大血管の構造的疾患(structural heart disease)に対するカテーテル治療のガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Sakamoto_Kawamura.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務(ER、血管造影室(心血管カテーテル、脳血管カテーテル)
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、コロナ療養型ホテル、コールセンター)