大動脈基部置換術(Bentall手術)の概要
Bentall手術は、大動脈根部の病変を治療するために設計された手術で、大動脈とそこに含まれる大動脈弁を人工の管と弁に置き換えることにより行われます。この手術は1968年にHugh BentallとAnthony De Bonoによって初めて導入されました。大動脈基部の疾患は生命を脅かす可能性があるため、正確な診断と適時の治療が必要です。
手術の適応症
手術の主な適応症は以下の通りです。
大動脈瘤
- 定義とリスク: 大動脈瘤は、大動脈壁の異常な膨張です。高血圧や遺伝的要因がリスクを高めます。
- 診断: CTスキャンやMRIによる画像診断が一般的です。
- 治療の重要性: 瘤が破裂すると生命を脅かす緊急事態になるため、一定の大きさに達した大動脈瘤は手術による治療が推奨されます。
大動脈弁膜症
- 定義: 大動脈弁が正常に機能しない状態で、弁膜症には弁の狭窄(狭心症)と弁の逆流(逆流症)があります。
- 影響: 心臓への負担増加と血液循環の効率低下。
- 治療選択: 大動脈弁の損傷が重度の場合、Bentall手術による弁の置換が必要になることがあります。
マルファン症候群と関連疾患
- 特徴: マルファン症候群は遺伝性の結合組織病で、心血管系に多くの影響を及ぼします。
- 大動脈への影響: 大動脈瘤や大動脈解離が発生しやすくなり、これらの疾患はしばしばBentall手術の適応となります。
- 管理: 継続的な監視と適時の手術介入が重要です。
手術前の準備と検査
手術に先立ち、患者は一連の検査を受ける必要があります。これらの検査は、手術の安全性を確保し、手術計画を精密に立てるために重要です。
心臓カテーテル検査
- 目的: 心臓カテーテル検査は、心臓の血管の状態を評価し、心臓の動きや弁の機能を調べるために行われます。
- 手順: 細長い管(カテーテル)を血管を通じて心臓に挿入し、造影剤を使用して心臓の血管や室内の映像を撮影します。
- 重要性: この検査により、手術計画に必要な心臓の解剖学的な詳細と血流動態を正確に理解することができます。
CT/MRIによる画像診断
- 目的: CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像法)による画像診断は、心臓や大動脈の構造を高解像度で視覚化するために行われます。
- 手順: CTはX線を使用して体の断層画像を生成し、MRIは強力な磁場と無線波を使用して詳細な画像を作成します。
- 重要性: これらの画像診断により、大動脈瘤の正確な位置、大きさ、および周囲の構造への影響を評価できます。また、手術戦略を計画する上で不可欠な情報を提供します。
心機能の評価
- 目的: 心機能の評価は、心臓のポンプ機能と全身への血液供給能力を確認するために行われます。
- 手順: 心エコー検査(超音波検査)や核医学検査などがあります。これらの検査は、心臓の構造と機能に関する貴重な情報を提供します。
- 重要性: 心機能の正確な評価は、手術の適応を判断し、手術後の管理戦略を計画する上で不可欠です。
手術方法と技術
大動脈基部置換術では、病変がある大動脈根部を人工血管で置換し、必要に応じて大動脈弁も置換します。手術は主に次の手順で行われます。
手術の手順
手術は一連の段階に従って行われ、各段階は患者の安全と手術成績の最適化を目指しています。
開胸手術
- 目的: 心臓と大動脈にアクセスするために胸を開きます。
- 手順: 大動脈基部置換術は通常、中央胸骨切開によって行われます。胸骨を縦に切開し、心臓と大動脈にアクセスします。
- 重要性: 正確な切開とアクセスは、手術の成功に不可欠です。適切な視野を確保し、患者の安全を最優先にします。
人工血管の選択
- 目的: 病変がある大動脈の部分を置き換えるために、適切な人工血管を選択します。
- 選択基準: 人工血管の材質(例: ダクロン)、サイズ、形状は、患者の身体のサイズと病変の程度に基づいて選ばれます。
- 重要性: 適切な人工血管の選択は、長期的な成績に影響します。合併症のリスクを最小限に抑え、人工血管の耐久性を確保するために重要です。
大動脈弁の置換
- 目的: 病変がある大動脈弁を、機能的な人工弁または生体弁に置換します。
- 手順: 大動脈弁の選択は、患者の年齢、生活スタイル、および特定の医療条件に基づいて行われます。人工弁または生体弁が用いられ、心臓の機能と大動脈の血流を正常化します。
- 重要性: 大動脈弁の適切な置換は、心臓の負担を軽減し、血流を改善するために不可欠です。また、患者の生活の質と長期的な生存率に影響を与えます。
再建技術の種類
大動脈基部の疾患に対処するための2つの主要な手術技術を詳しく見ていきます。
従来のBentall手術
従来のBentall手術は、大動脈根部疾患の治療において革新的な手法であり、以下の特徴があります。
- 目的: 大動脈根部に発生した瘤や弁の病変を治療するため、病変部を人工血管で置換し、必要に応じて人工弁を組み込みます。
- 手順: この手術では、病変がある大動脈と大動脈弁を切除し、一体型の人工血管と弁(弁輪を含む)を挿入して置換します。血管冠動脈は、移植した人工血管に直接縫い付けられます。
- 特徴: 高い成功率と長期的な耐久性が報告されていますが、血管冠動脈の再接続には技術的な難しさが伴います。
Bentall手術(button technique)
Bentall手術(button technique)は、従来の手法の改良版であり、特に血管冠動脈の取り扱いにおいて違いがあります。
- 目的: 従来のBentall手術と同様に、大動脈根部疾患を治療しますが、血管冠動脈の再接続方法が異なります。
- 手順: この手法では、「ボタン」と呼ばれる小さな円形の血管片を大動脈から切り取り、それを人工血管に縫い付けることで血管冠動脈を再接続します。これにより、血管冠動脈の取り扱いが容易になり、合併症のリスクが低減します。
- 特徴: Bentall手術(button technique)は、血管冠動脈の再接続の精度を向上させ、術後の合併症リスクを低減させるとともに、手術後の長期的な成績の改善が期待されます。
合併症とその管理
大動脈基部置換術後の患者は、特に手術直後の回復期において、複数の合併症を経験するリスクがあります。これらの合併症の早期発見と適切な管理が、患者の予後を改善する鍵です。
出血
- 原因: 手術中や手術後における血管の損傷や凝固障害により、出血が発生することがあります。
- 管理: 出血が確認された場合、迅速な血液製剤の投与や再手術による止血が必要になることがあります。また、凝固機能を正常化するための薬物療法も重要です。
神経系合併症
- 原因: 手術中の脳への血流障害や、血管内での微小気泡の発生によって、脳機能障害や脳卒中が発生するリスクがあります。
- 管理: 神経系合併症のリスクを減らすために、手術中の脳保護戦略(例: 低体温療法や脳血流のモニタリング)が採用されます。発生した場合には、早期リハビリテーションや専門的な神経学的治療が必要となります。
心不全
- 原因: 手術中の心臓へのストレスや、既存の心疾患の悪化により、心機能不全が発生することがあります。
- 管理: 心不全の管理には、利尿剤やACE阻害剤などの薬物療法、場合によっては補助循環装置の使用が含まれます。また、心機能を支えるための長期的な心臓リハビリテーションが推奨されることもあります。
術後の管理と回復
術後の回復プロセスは、患者の安定化、合併症の予防、および機能回復の促進を目的としています。
ICUでの管理
ICUでの管理は、患者の生命維持と回復を支援するための集中的なケアを提供します。以下の二つの主要な管理領域に焦点を当てます。
循環動態の安定化
- 血圧管理: 術後の患者は、血圧の変動が大きくなりがちです。血圧を安定させるために、必要に応じて血管作動薬や血圧降下薬が使用されます。
- 心拍数とリズムの監視: 心拍数の異常や不整脈は、患者の安定に影響を与える可能性があります。適切な監視と治療が重要です。
- 体液管理: 適切な体液バランスの維持は、循環動態の安定に不可欠です。輸液管理と利尿薬の使用により、過剰な体液負荷を防ぎます。
呼吸管理
- 人工呼吸器の使用: 多くの患者は、手術後しばらくの間、呼吸のサポートが必要となります。人工呼吸器の設定は、患者の状態に応じて適切に調整されます。
- 呼吸機能のモニタリングと評価: 酸素飽和度、二酸化炭素排出量、呼吸数などのパラメータが定期的に評価され、呼吸状態の改善をモニターします。
- 肺合併症の予防: 肺炎や肺塞栓症などの肺合併症の予防には、早期の呼吸器離脱、呼吸リハビリテーション、適切な抗菌薬の使用が重要です。
長期的なフォローアップ
術後の患者には、一生涯にわたるフォローアップが推奨されます。これは、患者の安全を確保し、合併症の早期発見と治療を可能にするためです。
抗凝固療法
- 目的: 人工血管や人工弁を使用した手術を受けた患者は、血栓形成のリスクが高まります。抗凝固療法は、このリスクを低減するために重要です。
- 方法: ワルファリンなどの経口抗凝固薬が一般的に使用されます。患者の状態に応じて、新しい経口抗凝固剤(NOACs)の使用も検討されることがあります。
- モニタリング: 定期的な血液検査(INR値の測定)を通じて、抗凝固療法の効果をモニタリングし、適切な薬剤投与量を調整します。
定期的な画像診断
- 目的: 人工血管や弁の位置、機能のモニタリング、および大動脈の他の部位での新たな瘤の発生を早期に発見するためです。
- 方法: 心エコー、CT、MRIなどが定期的に行われます。これらの検査により、手術後の解剖学的な変化と機能を評価します。
- 頻度: 患者の状態や医師の推奨に基づき、通常は年に1回またはそれ以上の頻度で実施されます。
再手術のリスク
- 原因: 人工血管の狭窄や閉塞、人工弁の機能不全、新たな大動脈瘤の発生などが、再手術の必要性を生じさせる可能性があります。
- 評価: 定期的な臨床評価と画像診断を通じて、再手術の必要性を判断します。
- 対応: 再手術の決定は、患者の全体的な健康状態、リスク対利益の評価、患者と医師の共同の意思決定に基づいて行われます。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
Bentall手術とは何ですか?
Bentall手術は、大動脈根部の病変を治療するために、大動脈とそこに含まれる大動脈弁を人工の管と弁に置き換える手術です。この手術は1968年にHugh BentallとAnthony De Bonoによって導入されました。
Bentall手術の適応症は何ですか?
主な適応症は大動脈瘤、大動脈弁膜症、およびマルファン症候群などの遺伝性結合組織病です。これらの疾患は生命を脅かす可能性があるため、正確な診断と適時の治療が必要です。
Bentall手術前の準備とは?
手術前の準備には心臓カテーテル検査、CT/MRIによる画像診断、心機能の評価などが含まれます。これらの検査は手術の安全性を確保し、手術計画を精密に立てるために重要です。
Bentall手術後の合併症にはどのようなものがありますか?
手術後の主な合併症には出血、神経系合併症、心不全などがあります。これらの合併症の早期発見と適切な管理が、患者の予後を改善する鍵となります。
術後の長期フォローアップには何が含まれますか?
術後の長期フォローアップには抗凝固療法、定期的な画像診断、再手術のリスク評価などが含まれます。これらは患者の安全を確保し、合併症の早期発見と治療を可能にするために重要です。
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
弁膜症治療のガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf
心疾患情報執筆者
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例