心房中隔欠損症の概要
心房中隔欠損症(Atrial Septal Defect,:ASD)は、心臓の先天性疾患の一つで、心房中隔と呼ばれる右心房と左心房を隔てる壁に穴が開いている状態を指します。生まれつき心臓に何らかの異常を伴う先天性心疾患は約100人に1人(1%)の割合で起こると言われており、心房中隔欠損症はその先天性心疾患の中の約7%を占めています。心房中隔欠損症は、無症状で経過することが多く、定期的な健康診断や他の疾患の検査の際に偶然発見されることがあります。幼児期から学童期以降、また成人になってから診断されることも多くあります。無症状で発見されず、放置していると、心不全症状が現れ生活に支障をきたすようになるため適切な診断と治療が必要となります。
心房中隔欠損症 発症の原因
心房中隔欠損症は、心臓の右心房と左心房の間にある壁である「心房中隔」に穴が開いている状態を指す先天性心疾患です。この病気は、胎児の心臓の発育過程における様々な要因によって引き起こされると考えられています。
胎児期の心臓の発育過程
オーバル窓の閉鎖不全
胎児の心臓には、母親から酸素を受け取るための「オーバル窓」という開口部が存在します。通常、出生後にこのオーバル窓は閉じますが、何らかの原因で閉じない場合、心房中隔欠損症として残存することがあります。
心房中隔形成の異常
心房中隔は、妊娠初期の心臓形成過程で形成されます。この過程で、遺伝子や環境要因など様々な要因が関与し、心房中隔が正常に形成されないことがあります。
遺伝的要因
家族歴
心房中隔欠損症の一部には、家族歴が見られるケースがあり、遺伝的な要因が関与している可能性が示唆されています。
特定の遺伝子変異や染色体異常
いくつかの研究では、特定の遺伝子変異や染色体異常が心房中隔欠損症の発症と関連していることが報告されています。
妊娠中の母体の健康状態
感染症
妊娠中の母体が風疹などの感染症に罹患すると、胎児の心臓の発育に影響を及ぼす可能性があります。
糖尿病や高血圧
妊娠中の糖尿病や高血圧などの慢性疾患も、胎児の心臓発達に悪影響を及ぼす可能性があります。
薬物やアルコール
妊娠中の薬物やアルコールの摂取は、胎児の心臓発達に影響を与え、心房中隔欠損症のリスクを高める可能性があります。
栄養不足
妊娠中の栄養不足も、胎児の心臓発達に影響を及ぼす可能性があります。
環境的要因
放射線
妊娠中の放射線への過度な曝露は、胎児の心臓発達に悪影響を及ぼす可能性があります。
特定の化学物質
妊娠中の特定の化学物質への曝露も、胎児の心臓発達に悪影響を及ぼす可能性があります。
心房中隔欠損症 発症の原因まとめ表
原因 | 説明 |
胎児期の心臓の発育過程における原因 | オーバル窓の閉鎖不全、心房中隔形成の異常など、胎児の心臓の発達過程で問題が発生することで起こる。 |
遺伝的要因 | 家族歴、特定の遺伝子変異や染色体異常など、遺伝的な要因が心房中隔欠損症の発症に関与する可能性がある。 |
妊娠中の母体の健康状態 | 感染症、糖尿病や高血圧などの慢性疾患、薬物やアルコールの摂取、栄養不足など、母体の健康状態が胎児の心臓発達に影響を与える。 |
環境的要因 | 放射線や特定の化学物質など、環境要因が胎児の心臓発達に悪影響を及ぼす可能性がある。 |
心房中隔欠損症の具体的な原因は、ケースによって様々です。もしご自身やご家族に心房中隔欠損症が見られる場合は、医師に相談し、適切な診断と治療を受けてください。
心房中隔欠損症の症状
心房中隔欠損症は、心臓の右心房と左心房の間にある壁(心房中隔)に穴が開いている状態です。この病気は、乳幼児期には症状が軽微で、心音の雑音も弱く、見落とされることがしばしばあります。そのため、幼児期や学童期になって診断されるケースや、定期的な健康診断や他の疾患の検査の際に偶然発見されるケースも少なくありません。
心房中隔欠損症の症状の特徴
心房中隔欠損症では、欠損孔を通して血液が左右の心房間を移動し(シャント)、右心房と右心室への負担が増加します。この負担の増加により、以下の様な症状が現れることがあります。
心不全症状
呼吸困難(特に運動時)
疲労感
手足のむくみ
失神
胸痛
不整脈
心房細動:右心房や右心室が拡大すると、心房細動と呼ばれる不整脈が起こることがあります。
症状の進行と潜在性
心房中隔欠損症の症状は、欠損孔の大きさや血液の流れ方、個人の体質などによって異なり、進行するまで無症状であることも多く、日常生活の中で漠然と感じる症状も多いことから、自覚症状に乏しいことがあります。
しかし、これらの症状が進行すると、心臓への負担が大きくなり、以下の様な重篤な健康問題につながる可能性があります。
- 心不全の悪化: 呼吸困難やむくみが悪化し、日常生活に支障をきたす可能性があります。
- 脳卒中: 心房細動によって血栓が形成され、それが脳に詰まることで脳卒中を起こすリスクが高まります。
- 肺高血圧: 右心室への負担が大きくなり、肺の血管に高血圧が起こる可能性があります。
心房中隔欠損症の症状まとめ表
心房中隔欠損症は、早期に発見し適切な治療を行うことで、重篤な合併症を予防することができます。もし、上記のような症状が見られる場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
症状 | 説明 |
呼吸困難(特に労作時) | 運動時や階段の上り下りなどで息切れを感じやすくなる。 |
疲労感 | 普段通りの活動でも疲れを感じやすくなる。 |
手足のむくみ | 足首やふくらはぎなどにむくみが出現する。 |
失神 | 意識を失うことがある。 |
胸痛 | 胸に痛みや圧迫感を感じる。 |
心房細動 | 心臓が不規則にドキドキしたり、脈が乱れたりする。 |
心房中隔欠損症の症状は、他の病気と似ている場合もあるため、自己判断せず、医療機関を受診して適切な診断を受けることが重要です。
心房中隔欠損症の診断
聴診
心房中隔欠損症では、欠損部を通過する血流によって生じる特有の心雑音が聴診器で聞こえることがあります。
特に、心臓の収縮期に聞こえる「Ⅱ音の固定性分裂」と呼ばれる心雑音が特徴的です。
心電図検査
心臓の電気的な活動を記録する検査です。
心房中隔欠損症では、右軸偏位、右室肥大、不完全右脚ブロックなどの特徴的な心電図の波形が見られることがあります。
胸部X線検査
心臓や肺の画像を提供する検査です。
心房中隔欠損症では、肺動脈や右心室が拡大している様子が観察されることがあります。
心エコー検査
心臓の超音波検査です。
心臓の構造や血流を詳しく観察することができます。
心房中隔欠損症では、欠損部の位置や大きさ、血流の方向や速度を詳細に評価することができます。
心エコーは、心房中隔欠損症の診断において最も重要な検査の一つとされています。
心カテーテル検査
心臓の内部や大血管に細い管(カテーテル)を挿入し、圧力や酸素濃度を直接測定する検査です。
心房中隔欠損症では、欠損部の大きさや位置、心臓の機能、肺の血流の状態を詳しく評価することができます。
MRIやCT検査
心臓の詳細な構造や血流の状態を高解像度で視覚的に評価する検査です。
心エコーで詳細な評価が難しい場合や、手術前の詳細な評価が必要な場合に行われます。
各検査の特徴 まとめ表
検査名 | 説明 |
聴診 | 心臓の音を聴診器で聞く検査。心房中隔欠損症では特有の心雑音が聞こえる場合がある。 |
心電図検査 | 心臓の電気的な活動を記録する検査。心房中隔欠損症では、心臓の電気的な活動に異常が見られる場合がある。 |
胸部X線検査 | 胸部をX線で撮影する検査。心房中隔欠損症では、肺動脈や右心室の拡大などが確認できる場合がある。 |
心エコー検査 | 超音波を使って心臓の画像を撮影する検査。心房中隔欠損症では、欠損部の大きさや位置、血流の状態を詳細に評価することができる。 |
心カテーテル検査 | 心臓の内部に細い管(カテーテル)を挿入し、圧力や酸素濃度を直接測定する検査。心房中隔欠損症の診断や重症度を評価するために用いられる。 |
MRIやCT検査 | 磁気共鳴画像法(MRI)やコンピュータ断層撮影(CT)を用いて心臓の画像を撮影する検査。心房中隔欠損症の詳細な構造や血流を評価する。 |
心房中隔欠損症の診断には、これらの検査を組み合わせることで、より正確な情報を得ることができます。
心房中隔欠損症の保存的治療・対症療法
心房中隔欠損症は、心臓の先天性疾患の一つとして知られています。治療方法は、欠損の大きさや位置、患者の症状や健康状態によって異なります。保存的治療や対症療法は、病気の根本的な治療ではなく、症状の緩和や患者の生活の質の向上を目的とした治療を指します
経過観察
小さな心房中隔欠損で症状がない場合、特別な治療を行う必要はありません。このような場合、定期的な医学的検査を受けることで、欠損の状態や心臓の機能を監視します。
心エコー検査や心電図などを定期的に行い、欠損の大きさや位置、心臓の機能、合併症の有無などを確認します。
薬物治療
心房中隔欠損症に伴う特定の症状や合併症がある場合、薬物治療が考慮されることがあります。
不整脈治療
心房細動などの不整脈が発生した場合、抗不整脈薬が処方されます。
心不全治療
心不全の症状が出現した場合、利尿薬やACE阻害薬などの心不全治療薬が使用されます。
呼吸困難の管理
呼吸困難がある場合、酸素療法が行われることがあります。これにより、患者様の酸素飽和度を改善し、呼吸困難の症状を軽減します。
生活指導
心房中隔欠損症の患者さんには、健康的な生活習慣を維持することが推奨されます。
適度な運動
心臓への負担をかけすぎない程度に、適度な運動を行うことが推奨されます。
バランスの良い食事
塩分や脂肪分の摂取を控え、バランスの良い食事を心がけることが重要です。
禁煙
喫煙は心臓に負担をかけるため、禁煙が必要です。
アルコールの制限
過度な飲酒は心臓への負担を増大させるため、控える必要があります。
感染症予防
定期的な歯科検診や感染症の早期治療などを行い、感染症のリスクを低減することが重要です。
心房中隔欠損症の外科的治療(手術)
心房中隔欠損症の外科的治療には、大きく分けて以下の2つの方法があります。
- 開胸手術: 胸を開いて心臓を露出させ、欠損部に直接パッチを縫い付けて塞ぐ手術
- カテーテル治療: カテーテルを用いて心臓内に閉鎖栓を留置し、欠損孔を塞ぐ治療
開胸手術による心房中隔欠損閉鎖術
開胸手術 手技手順
- 開胸: 全身麻酔下で、執刀医が胸骨を切開し、心臓を露出させます。
- 体外循環開始: 手術中は、心臓と肺の役割を人工心肺という装置に代行させます。心臓を一時的に停止させるため、心筋保護液を心臓に流し込みます。
- 心房中隔の修復: 心臓を切開し、心房中隔の欠損部分を露出させます。欠損部の大きさと位置に応じて、患者さん自身の心膜や人工材料(ゴアテックスパッチ、フェルトなど)を用いてパッチを縫い付け、欠損部を塞ぎます。
- 心臓機能の回復: パッチ固定が完了したら、心臓を縫合し、心臓を拍動させます。その後、人工心肺を停止し、心臓が正常に拍動することを確認します。
- 閉胸: 患者の全身状態に注意しながら胸を閉じ、手術を終了します。
カテーテル治療による心房中隔欠損閉鎖術
カテーテル治療法 手技手順
- カテーテル挿入: 大腿部の静脈から細い管(カテーテル)を挿入し、X線透視下でカテーテルを操作しながら、右心房、欠損孔を通して左心房へと進めます。
- 閉鎖栓の送達: カテーテルの先端に折り畳まれた状態で装着された閉鎖栓を、欠損孔の位置まで運びます。
- 閉鎖栓の展開: 欠損孔の位置で閉鎖栓を展開し、傘のように広げます。この傘が、左右の心房を隔てて欠損孔を塞ぎます。
- 留置確認: 閉鎖栓が適切な位置に留置され、欠損孔を完全に塞いでいることを、造影検査や心エコー検査で確認します。
- カテーテル抜去: カテーテルをゆっくりと抜去します。
開胸手術とカテーテル治療の選択
開胸手術のメリット・デメリット
メリット
様々な種類の欠損孔に対応可能です。カテーテル治療では対応が難しい複雑な症例でも、開胸手術であれば治療可能な場合があります。
デメリット
侵襲が大きい: 開胸手術は、カテーテル治療に比べて身体への負担が大きいため、術後の痛みが強く、入院期間も長くなる傾向があります。
カテーテル治療のメリット・デメリット
メリット
- 低侵襲: 開胸手術に比べて傷が小さく、痛みが少ないため、患者さんの身体的負担が少ないです。
- 回復が早い: 入院期間が短く、早期の社会復帰が期待できます。
デメリット
- 欠損孔の形状、場所、大きさによっては適応とならない場合があります。
- 欠損孔が極端に大きい場合
- 欠損孔が複数ある場合
- 欠損孔の位置が悪い場合
- 欠損孔の周囲に閉鎖栓をひっかけるような組織がない場合
開胸手術とカテーテル治療の比較まとめ表
治療法 | メリット | デメリット | 適応となるケース |
カテーテル治療 | 低侵襲、痛みが少ない、入院期間が短い、回復が早い | 欠損孔の形状や位置によっては適応とならない場合がある | 欠損孔が小さく、形状や位置が適切な場合 |
開胸手術 | 様々な種類の欠損孔に対応可能 | 侵襲が大きい、痛みが強い、入院期間が長い | 欠損孔が大きい場合、複数ある場合、位置が悪い場合、周囲に閉鎖栓をひっかける組織がない場合など |
心房中隔欠損症の治療法は、欠損孔の状態、患者さんの年齢や健康状態、合併症の有無などを考慮し、医師が総合的に判断して決定します。
それぞれの治療法のメリット・デメリットをよく理解し、医師とよく相談した上で、最適な治療法を選択することが重要です。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
心房中隔欠損症(ASD)とは何ですか?
心房中隔欠損症(Atrial Septal Defect, ASD)は、心臓の心房中隔に生まれつき穴が開いている先天性の心疾患です。この穴によって、正常な血流が妨げられ、様々な健康問題を引き起こす可能性があります。
心房中隔欠損症の原因は何ですか?
主な原因には、胎児期の心臓の発育過程の異常、遺伝的要因、妊娠中の母体の健康状態の問題などがあります。特に胎児期に心房中隔が正常に閉じないことが多くの症例で見られます。
心房中隔欠損症の診断方法にはどのようなものがありますか?
診断には、心音の聴診、心電図検査、胸部X線検査、心エコー検査、心カテーテル検査、MRIやCT検査などが用いられます。これらの検査により、欠損部の位置や大きさ、心臓の機能などが評価されます。
心房中隔欠損症の治療方法は何ですか?
治療方法は症状や欠損の大きさによって異なり、軽度の場合は経過観察や薬物治療が行われます。重度の場合は、カテーテル治療や外科手術が必要になることがあります。
心房中隔欠損症の症状にはどのようなものがありますか?
症状は個々によって異なりますが、一般的には呼吸困難(特に運動時)、疲労感、手足のむくみ、失神や胸痛、心房細動などが挙げられます。しかし、多くの場合は無症状で、他の検査や健康診断の際に偶然発見されることがあります。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人日本小児外科学
http://www.jsps.or.jp/archives/sick_type/shinboutyukaku-kessonshou・一般社団法人 日本循環器学会
成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017 年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/08/JCS2017_ichida_h.pdf・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)