大動脈炎症候群の定義と分類
大動脈炎症候群(Aortitis Syndrome)は、1908年に眼科医の高安右人博士によって報告されたことから「高安動脈炎(takayasu arteritis:TA)」と呼ばれており、大血管を侵すことから「大動脈炎症候群」ともいいます。大動脈およびその主要な枝などの大血管の炎症を特徴とする厚生労働省の指定難病です。この病態は、大動脈の壁における炎症反応により、動脈の厚みが増加し、弾力性が損なわれることにより発症します。その結果、大動脈解離や動脈瘤の形成などの深刻な合併症を引き起こす可能性があります。
大動脈炎症候群発症の原因
大動脈炎症候群の原因は現在解明されていません。発症機序は不明ですが、自己免疫反応、ウイルス感染、外傷、ストレス、遺伝的要因などが原因として考えられています。
大動脈炎症候群の分類
大動脈炎症候群は、その発症部位、原因、臨床症状に基づいて分類されます。以下は一般的な分類基準です。
- 発症部位による分類:上行大動脈炎、弓部大動脈炎、下行大動脈炎など。
- 臨床症状に基づく分類:症状の重さや合併症の有無による分類。
大動脈炎症候群の症状と徴候
大動脈炎症候群は、血管の障害部位により症状は多岐にわたり、初期の多くは、炎症による発熱や 全身倦怠感 、食欲不振、体重減少など感冒症状から始まります。血管の狭窄や閉塞、瘤形成による拡張などによって様々な症状が出現します。下記は大動脈炎症候群の起こり得る主な症状です。
- ・めまい、立ちくらみ、失神
- ・息切れ、動悸、胸部圧迫感、狭心症状、不整脈
- ・視力障害、失明
- ・歯痛、頸部痛、耳鳴
- ・上肢疲労感、手指しびれ、冷感、上肢痛
- ・間欠跛行、下肢疲労感
心臓と大動脈炎症候群の関係性
大動脈炎症候群は、大動脈とその主要な分岐部に影響を与える原因不明の非特異性炎症性疾患です。大動脈は心臓から酸素の豊富な血液を全身に供給する役割を担っているため、その炎症は直接的および間接的に心臓の働きに重大な影響を及ぼします。
大動脈炎症候群が心臓に与える影響
大動脈炎症候群による心臓への影響は、心筋への直接的なダメージと、血圧及び血液循環への影響に大別されます。これらの影響は、病状の進行によってさらに複雑化する可能性があります。
炎症反応による心臓病のリスク
炎症は体の自然な防御メカニズムですが、慢性的な炎症は心臓病を含む多くの健康問題の根本原因となり得ます。炎症は、血管の内壁にダメージを与え、アテローム性動脈硬化の進行を促進します。これは、心臓病の発症リスクを高める重要な要因です。
心不全への進行リスク
- 心筋の損傷と心機能の低下:慢性的な炎症は、心筋細胞の損傷を引き起こし、最終的に心筋の働きを低下させます。心臓のポンプ機能が低下すると、心不全へと進行するリスクが高まります。
- 慢性炎症の影響:慢性的な炎症は、心臓以外の臓器にも影響を及ぼし、全身の血流動態を変化させます。これは、心臓の負担を増加させ、心不全のリスクをさらに高める可能性があります。
大動脈炎症候群の合併症
大動脈炎症候群は、未治療の場合、生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があります。この疾患は大動脈に炎症を引き起こし、大動脈の構造と機能に重大な影響を及ぼします。多岐にわたる合併症のリスクを最小限に抑え、患者の予後を改善するためには、早期診断と適切な治療が必要です。
心臓と関連する合併症
大動脈炎症候群は、心臓と血管系に多様な合併症を引き起こす可能性があります。これらの合併症は、疾患の進行に伴って発生し、患者の生活の質と予後に大きな影響を与えます。
心血管系の合併症
動脈瘤
大動脈炎症候群は、大動脈壁の弱化を引き起こし、動脈壁が膨らみ動脈瘤を形成する原因となります。動脈瘤が破裂すると重大な出血を引き起こし、生命を脅かす緊急事態に至ることがあります。
大動脈解離
大動脈の内膜が裂け、血液が動脈壁の層間に侵入する状態を指します。急激な胸痛や背部痛、血圧の急激な低下などを引き起こし、重症の場合はショックや心停止となるため、迅速な対応や緊急での治療が必要です。
大動脈弁膜症
心臓弁膜症には、弁の開きが悪くなって血液の流れが妨げられる「狭窄症」、弁の閉じ方が不完全なために、血流が逆流してしまう「閉鎖不全症」の2種類があります。大動脈炎症候群によって心臓の大動脈弁周囲に障害を生じることで主に大動脈弁閉鎖不全症を発症する可能性があります。
大動脈炎症候群の診断と治療
大動脈炎症候群の診断手順と評価方法、治療法とその管理について詳細に説明します。
診断手順と評価方法
大動脈炎症候群の診断には、病歴の詳細な聴取、身体検査、画像や血液検査が必要です。特に診断を進めていく上で、「動脈硬化症、先天性血管異常、炎症性腹部大動脈瘤、感染性動脈瘤、梅毒性中膜炎、巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)、血管型ベーチェット病、IgG4関連疾患」などの類似の8つの疾患を除外し鑑別する必要があります。
画像診断
- MRI:大動脈の炎症、壁の厚み、及び構造的異常を非侵襲的に評価することができます。高い解像度で組織の詳細を提供し、炎症の程度を正確に把握するのに有効です。
- CT:急性の大動脈疾患を迅速に評価するのに特に有用です。大動脈の解離や動脈瘤、壁の炎症を明確に描出します。
- 超音波検査:特に胸部や腹部の大動脈に対する評価に利用され、血流の動態をリアルタイムで観察できます。また、頸部の血管狭窄、閉塞、壁肥厚および血流の方向を検出するのに有効です。
- FDG-PETCT検査:現在活動性の炎症があるかどうか、どの場所に炎症があるかなどを知るために用いられ、病変の局在または活動性を可視化するのに有効です。
血液検査とマーカー
- 炎症マーカー:CRP(C反応性タンパク質)、WBC(白血球)、ESR(赤血球沈降速度)などの血液検査により、体内の炎症の活動性を評価します。
- 特殊検査:血液から遺伝子を取り出して検査を行います。50%以上がHLA-B52という型を持つという特徴があり、一般の日本人では約10%がこの型を持つと言われています。
治療法
大動脈炎症候群の治療目標は、炎症を抑え合併症のリスクを最小限に抑えることです。
薬物療法
- ステロイド:大動脈炎症候群の治療における第一選択薬です。炎症を効果的に抑制し、症状の改善をもたらします。
- 免疫抑制剤:ステロイドだけで十分な効果が得られない場合や、ステロイドの副作用を避けるために使用されます。主にメトトレキサートやアザチオプリン、シクロスポリン、シクロホスファミドなどの免疫抑制剤が使用されます。
- 抗血小板薬:血栓を予防するためにアスピリンなどの抗血小板薬が使用されます。
カテーテル治療について
大動脈瘤や冠動脈、頸動脈、腎動脈などに対して、ステント留置や血管拡張などのカテーテル治療を行うことがあります。ただし未診断で炎症がおさまっていない場合は、血管内治療による再狭窄、再閉塞のリスクが高いので、その場合は治療を避ける必要があります。
外科的治療について
- 動脈瘤の修復:動脈瘤が拡大した場合や破裂のリスクが高いと判断された場合には、外科的手術が行われることがあります。
- 大動脈の置換:大動脈解離や大きな動脈瘤がある場合、損傷した大動脈を人工血管で置換術が必要になることがあります。
- 弁置換・弁形成:大動脈弁閉鎖不全症などの弁膜症が進行した場合、弁置換術や弁形成術が行われることがあります。
手術を行う場合は、大動脈炎症候群悪化のリスクがあるため、炎症が治まっていることや合併症の状態を評価した上で手術を行うことが重要です。
大動脈炎症候群の予後
予後と生活習慣
大動脈炎症候群の治療は炎症を抑えることが最も重要です。血管の炎症による血管壁の障害を進行させないために生活習慣に注意していく必要があります。
- 長期フォローアップ:大動脈炎症候群患者は、動脈瘤の成長や解離の進行などの合併症をモニタリングするため、定期的な画像診断は重要です。
- 禁煙:喫煙は血管炎症を促進して動脈硬化を進行させるので禁煙は必須です。
- 感染対策:ステロイド服用による副作用で易感染になる可能性があるため、手洗いやうがいなどを行い感染予防を図る必要がある。
- ストレス:過度なストレスは炎症の要因となるため、リラクゼーションを行い軽減を図る必要があります。
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
大動脈炎症候群とは何ですか?
大動脈炎症候群は、大血管を侵す炎症を特徴とする厚生労働省指定の難病であり、特に大動脈およびその主要な枝の炎症が見られます。この病態は、大動脈の壁における炎症反応により動脈の厚みが増加し、弾力性が損なわれることにより発症します。
大動脈炎症候群の原因は何ですか?
大動脈炎症候群の原因は現在明らかになっていませんが、自己免疫反応、ウイルス感染、外傷、ストレス、遺伝的要因などが関与していると考えられています。
大動脈炎症候群の症状にはどのようなものがありますか?
症状は血管の障害部位により異なりますが、初期には発熱や全身倦怠感、食欲不振、体重減少など感冒様の症状が見られます。その他、めまい、立ちくらみ、失神、息切れ、動悸、胸部圧迫感、狭心症状、不整脈などがあります。
大動脈炎症候群の診断方法は?
大動脈炎症候群の診断には、病歴の詳細な聴取、身体検査のほか、MRIやCTによる画像診断が重要です。これらの検査により、大動脈の炎症、壁の厚み、構造的異常を評価します。また、CRPやESRなどの炎症マーカーによる血液検査も行われます。
大動脈炎症候群の治療方法にはどのようなものがありますか?
治療には主にステロイド薬が使用され、炎症を効果的に抑制し、症状の改善を目指します。ステロイドだけで効果が得られない場合や、副作用を避けるために免疫抑制剤が使用されることもあります。また、大動脈瘤や大動脈解離などの合併症がある場合は、カテーテル治療や外科的治療が必要になることがあります。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人日本静脈学会
血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_isobe_h.pdf【株式会社増富の関連コラム】
・大動脈解離
・胸部大動脈瘤
・弁膜症
・心臓カテーテル
・末梢血管治療(EVT)
・ステントグラフト手術
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)