大動脈弁閉鎖不全症の概要
心臓は、休むことなく全身に血液を送り続ける「命のポンプ」です。 そして、その心臓の働きを支え、血液循環をスムーズに行うために重要な役割を担っているのが「弁」です。心臓には4つの弁が存在し、その中の1つである「大動脈弁」は、心臓から全身へ血液を送り出す際に重要な役割を担っています。
大動脈弁の機能不全
大動脈弁は、心臓の左心室と大動脈の間に位置し、左心室から押し出された血液を大動脈へスムーズに流し、逆流を防ぐという重要な役割を担っています。
心臓が収縮し、左心室から大動脈へ血液が送り出されるとき、大動脈弁は開きます。そして、血液を送り出した後、心臓が拡張する際には、大動脈弁はしっかりと閉じて血液が左心室へ逆流するのを防ぎます。
しかし、この大動脈弁が正常に機能しなくなると、私たちの身体には様々な悪影響が出始めます。その代表的な疾患の一つが「大動脈弁閉鎖不全症」です。
大動脈弁閉鎖不全症では、本来完全に閉じるべき大動脈弁が、わずかに開いたままの状態となり、一部の血液が左心室へ逆流してしまいます。この逆流により、心臓、特に左心室には大きな負担がかかり、その状態が長く続くことで、左心室は肥大し、最終的には心臓の機能が低下してしまうのです。
初期段階では自覚症状がない場合も多い大動脈弁閉鎖不全症ですが、放置すると息切れや胸痛、失神などの症状が現れ、重症化すると心不全に至ることもあります。
しかし、早期発見・早期治療によって、症状の進行を遅らせ、健やかな生活を送ることは十分に可能です。 大動脈弁閉鎖不全症は決して他人事ではありません。心臓の働き、そして弁の役割について正しい知識を持ち、自身の健康と向き合っていくことが大切です。
大動脈弁の構造について
心臓の出口に位置する大動脈弁は、左心室と大動脈の間にあり、血液が心臓から全身に送られる際に重要な役割を担っています。この弁は、血液を一方向にのみ流し、逆流を防ぐことで、効率的な血液循環を可能にしています。
大動脈弁の構造は、主に以下の3つの部分から成り立っています。
弁尖(べんせん)
大動脈弁の最も特徴的な構造は、3つの弁尖と呼ばれる薄い組織のフラップです。
- これらの弁尖は、非常に柔軟で、左心室が収縮して血液を大動脈に送り出す際には、圧力に応じてスムーズに開き、血液をスムーズに通過させます。
- 一方、左心室が弛緩して血液を受け入れる際には、弁尖は速やかに閉じ、大動脈から左心室への血液の逆流を完全に防ぎます。
この開閉動作によって、血液は常に心臓から全身へと一方向に流れ、効率的な血液循環が維持されています。
しかし、加齢や高血圧などの影響により弁尖が変形したり、硬くなったりすることがあります。このような状態は大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症を引き起こし、心臓に負担をかけるだけでなく、様々な症状を引き起こす可能性があります。
疾患名 | 概要 |
大動脈弁狭窄症 | 弁尖の開きが悪くなり、血液の流れが狭くなる |
大動脈弁閉鎖不全症 | 弁尖が完全に閉じなくなり、血液の逆流が起こる |
弁輪(べんりん)
大動脈弁の周囲には、弁輪と呼ばれる強靭な線維性のリングが存在します。
- 弁輪は、3つの弁尖をしっかりと支え、弁が正常な形状と機能を維持するために重要な役割を果たします。
- 弁輪は、心臓の拍動サイクルを通じて、弁尖にかかる圧力変化や機械的ストレスに耐えうる強度と柔軟性を兼ね備えています。
しかし、加齢や動脈硬化などの影響により、弁輪が拡張したり、変形したりすることがあります。このような状態は、弁尖の動きを阻害し、大動脈弁閉鎖不全症のリスクを高める可能性があります
大動脈洞
大動脈弁の付け根部分には、大動脈洞と呼ばれる3つの膨らみがあります。
- 大動脈洞は、弁尖が完全に開いたときに、そのスペースを提供することで、血液がスムーズに流れるようにサポートします。
- また、大動脈洞は、冠動脈の起始部でもあり、心臓自身に血液を供給する冠動脈への血流を確保する役割も担っています。
これらの構造が協調して機能することで、大動脈弁は効率的かつ精密な血液の輸送システムを実現しています。
大動脈弁閉鎖不全症の原因
大動脈弁閉鎖不全症の原因は多岐にわたり、大きく分けて弁そのものの異常と弁周囲の異常の二つに分類されます。
大動脈弁そのものの異常(器質的変化)
先天性
先天性二尖弁
生まれつき大動脈弁の弁尖が2枚しかない場合、正常な3枚と比べて弁が閉じにくくなり、大動脈弁閉鎖不全症の原因となります。
後天性
弁の石灰化
加齢に伴い弁尖にカルシウムが沈着し、弁が硬くなることで柔軟性を失い、閉鎖不全を起こしやすくなります。
外傷性
事故などによる胸部への強い衝撃や、心臓手術の際に弁が損傷することで、後天的に閉鎖不全症を発症することがあります。
感染性心内膜炎
細菌やウイルスなどの感染により、心臓の内膜に炎症が起こる病気です。大動脈弁に炎症が及ぶと、弁尖が損傷し、閉鎖不全症を引き起こす可能性があります。
リウマチ熱
溶連菌感染後に起こる免疫反応によって心臓弁膜症を引き起こす病気です。
近年では減少傾向にありますが、過去にリウマチ熱にかかったことがある場合、後遺症として大動脈弁閉鎖不全症を発症することがあります。
結合組織疾患や血管炎によるもの
全身性エリテマトーデス
自己免疫疾患の一つで、全身の様々な臓器に炎症が起こり、大動脈弁にも影響を及ぼすことがあります。弁の線維組織が硬化することで、石灰化と同様に弁の動きが悪くなり、閉鎖不全症を引き起こす可能性があります。
高安動脈炎(大動脈炎症候群)
大動脈とその分枝に炎症が起こることで、血管が狭窄したり拡張したりする病気です。大動脈の拡張は大動脈弁輪にも影響を及ぼし、弁の閉鎖を阻害することで閉鎖不全症を引き起こすことがあります。
大動脈弁周囲の異常
大動脈起始部・バルサルバ洞などの関連疾患
大動脈弁輪拡張症、梅毒性大動脈炎、大動脈解離などの疾患は、弁や大動脈の構造に影響を与えるため、大動脈弁閉鎖不全症のリスクを高めます。
マルファン症候群
結合組織の異常により、全身の血管が拡張しやすくなる遺伝性疾患です。大動脈が拡張することで大動脈弁輪も拡張し、弁が正常に閉じなくなることで閉鎖不全症が起こります。
ベーチェット病
原因不明の血管に炎症が起こる病気です。全身の血管に炎症が起こり、大動脈にも炎症が及ぶことで大動脈弁閉鎖不全症を引き起こすことがあります。
心室中隔欠損(VSD)
心臓の左右の心室を隔てる壁に穴が開いている先天性の心疾患です。特に大動脈弁のすぐ下に欠損孔があると、弁が正常な位置に固定されず、閉鎖不全症を起こしやすくなります。
大動脈弁閉鎖不全症の症状
大動脈弁閉鎖不全症は、初期段階では自覚症状が現れないことが少なくありません。病状が進行すると、心臓に負担がかかり、以下のような症状が現れるようになります。
- 呼吸困難: 特に運動時や就寝時に息切れを感じやすくなります。
- 疲労感: 少し動いただけで疲れを感じたり、倦怠感が強くなったりします。
- 動悸: 心臓がドキドキしたり、脈が速く感じたりする自覚症状です。
- 失神: 脳への血流が一時的に不足することで、意識を失うことがあります。
- 胸痛: 心臓に十分な血液が供給されず、狭心症のような胸の痛みを感じることがあります。
- 心房細動: 心臓の上側の部屋(心房)が細かく震える不整脈の一種です。動悸や息切れなどの症状が現れます。
- 手足のむくみ: 心臓のポンプ機能が低下することで、体内に水分が溜まりやすくなることが原因です。
重症化すると、心不全に陥り、安静時でも呼吸困難やむくみが現れるようになります。また、心房細動に伴い、心臓内に血栓(血の塊)ができやすくなり、脳梗塞などの重篤な合併症を引き起こす危険性もあります。
大動脈弁閉鎖不全症の症状は、日常生活の中で漠然と感じるものが多いため、自覚症状が少ないことがあります。しかし、これらの症状が進行すると、心臓への負担が増大し重篤な健康問題へとつながる可能性があります。
大動脈弁閉鎖不全症の診断
聴診
聴診器を用いて医師が患者の胸の音を聴くことで、心臓の状態を把握します。大動脈弁閉鎖不全症では、心臓の拡張期に血液が逆流する際に特徴的な雑音(拡張期逆流性雑音)が生じることがあります。この雑音は、聴診によって確認できる初期診断の重要な手がかりとなります。
心電図検査
心臓の電気的な活動を波形として記録する検査です。大動脈弁閉鎖不全症では、左心室に負荷がかかり拡大することで、左心房にも負担がかかり、心電図上に左房負荷の所見が現れることがあります。
胸部X線検査
胸部X線検査では、心臓や肺などの胸部の臓器の形や大きさ、位置関係などを確認できます。大動脈弁閉鎖不全症が進行すると、左心室の拡大や肺うっ血の所見が認められることがあります。
心エコー検査
超音波を用いて心臓の動きをリアルタイムに観察できる検査です。大動脈弁閉鎖不全症の診断において最も重要な検査の一つであり、以下の項目を評価することで、弁の形態異常や重症度を判断します。
弁の形態
大動脈弁の形状や動き、弁尖の厚さや硬さなどを確認し、閉鎖不全の原因を探ります。
逆流の程度
カラードプラ法を用いることで、逆流している血液の流れを視覚化し、その範囲や速度から重症度を判定します。
左室の大きさ
閉鎖不全があると左心室に負担がかかり拡大するため、その程度を評価します。
血液検査
血液検査では、心臓の状態を知るための情報を得ることができます。大動脈弁閉鎖不全症では、心臓に負担がかかると分泌量が増加するホルモンであるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の血中濃度を測定することで、心不全の程度を評価します。
心カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、カテーテルと呼ばれる細い管を血管から心臓まで挿入し、心臓内の圧力や血液中の酸素飽和度などを測定する検査です。大動脈弁閉鎖不全症の診断においては、造影剤を用いて心臓の形態や機能を詳しく評価する冠動脈造影検査と同時に行われることがあります。
左室造影
左心室内に造影剤を注入し、その動きを観察することで、弁の逆流の程度や左心室の機能を評価できます。
心臓MRI検査
強力な磁場と電波を用いて、心臓の断層画像を撮影する検査です。心エコー検査よりもさらに詳細な心臓の構造や機能を把握できるため、大動脈弁閉鎖不全症の診断においても有用な情報を得ることができます。
大動脈弁閉鎖不全症の保存的治療
保存的治療
経過観察
軽度の閉鎖不全で自覚症状がなく、心臓にも大きな負担がかかっていない場合は、定期的な検査を行いながら経過観察を行うことがあります。
定期的な心エコー検査などで、弁の状態や心臓の機能をチェックし、病状の進行がないか確認します。
薬物療法
心臓の負担を軽減し、症状をコントロールするために、以下のような薬物が用いられます。
降圧薬
血管を拡張することで血圧を下げ、心臓の負担を軽減します。特に、大動脈弁閉鎖不全症では、拡張期血圧を下げる効果が期待できる薬剤が選択されることがあります。
利尿薬
体内の余分な水分を尿として排出することで、心臓への負担を軽減します。むくみの改善にも効果があります。
ジギタリス
心臓の収縮力を高めることで、心不全の症状を改善します。
抗不整脈薬
心房細動などの不整脈を抑え、心臓のリズムを整えます。
生活習慣の改善
心臓の負担を減らし、病状の進行を遅らせるためには、生活習慣の改善が重要です。具体的には、以下の点に注意する必要があります。
禁煙
喫煙は血管を収縮させ、血圧を上昇させるため、心臓に大きな負担をかけます。
食生活の改善
塩分を控え、バランスの取れた食事を心がけましょう。
適度な運動
心臓の機能を維持するために、無理のない範囲で運動を行いましょう。
体重管理
肥満は心臓に負担をかけるため、適正体重を維持しましょう。
ストレス軽減
ストレスは血圧や心拍数を上昇させるため、できるだけストレスを溜めないようにしましょう。
保存的治療は、症状のコントロールと患者の生活の質の向上を中心に行われます。しかし、大動脈弁閉鎖不全症の根本的な問題はこれらの治療では改善できないため、症状が進行した場合や生活の質が大幅に低下した場合には、大動脈弁の形成術や弁置換術のような積極的な外科的治療が必要となることがあります。
大動脈弁閉鎖不全症の外科的治療(手術)
大動脈弁閉鎖不全症に対して、薬物療法や生活習慣の改善などの保存的治療は、あくまで病気の進行を遅らせ、症状をコントロールすることを目的とした治療法です。 根本的な解決には至らず、重症化すると心臓に大きな負担がかかり、生命予後にも影響を及ぼす可能性があります。
そのため、重症例や保存的治療で効果が不十分な場合には、心臓の機能を回復させるために外科的治療、すなわち手術が必要となります。
大動脈弁閉鎖不全症の手術には、大きく分けて「大動脈弁置換術」と「大動脈弁形成術」の2種類があります。
大動脈弁置換術
大動脈弁置換術は、大動脈弁の機能を回復する外科的な治療方法です。この手術では、自己の弁を人工弁に置き換える事により、血液の逆流を減少させることが期待されます。自己の弁を修復するのではなく、人工弁をインプラントする事が大きな特徴です。
人工弁の種類
大動脈弁置換術にてインプラントする人工弁は主に二種類あります。
1. 機械弁
カーボンなどの人工的な素材で作られた機械式の弁です。耐久性が高く、長期的な成績が期待されますが、血栓が付着しやすい事から抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)の服用が必要になる場合が殆どです。主に比較的年齢の若い患者様(〜60歳)に使用される事が多いです。
2.生体弁
豚や牛の生体組織から作られた人工の弁です。抗凝固薬の服用が機械式弁よりも少なく済む事や、術後の血行動態は良いですが、弁の耐久性が比較的低いです(約20年)。高齢の患者様に使用されるケースが多く、若い患者様には再手術が必要になることがあります。
人工弁の種類まとめ表
人工弁の種類 | 特徴 | メリット | デメリット |
機械弁 | 金属や炭素繊維などで作られた耐久性の高い弁 | 長期的な耐久性に優れている | 血栓ができやすいため、生涯にわたり抗凝固療法が必要 |
生体弁 | ウシやブタなどの動物の心臓弁を加工して作られた弁 | 抗凝固療法が不要、または短期間で済む場合がある | 耐久性が機械弁に劣り、再手術が必要となる可能性がある |
一般的に、若年者では長期的な耐久性を期待して機械弁が、高齢者では抗凝固療法のリスクを考慮して生体弁が選択されることが多い傾向にあります。
手技手順
大動脈弁置換術は、全身麻酔下で行われる大きな手術です。
具体的な手術方法は、患者の状態や病院の設備などによって異なりますが、一般的な流れは以下の通りです。
①開胸
全身麻酔下にて、執刀医が開胸を行います。皮膚→胸骨→心膜の順に切開し心臓を露出させます。
②体外循環開始
手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せ、全身の血流を確保します。心筋保護液という薬剤を心臓に流し、一時的に心臓の動きを停止させます。
③大動脈弁の置換
心臓を一時的に停止させ、損傷した大動脈弁を切除し、人工弁を大動脈弁輪に縫い付けます。
④心臓機能の回復
切り開いた大動脈・心臓を縫合し閉じていきます。心臓の再拍動の為のHot shot(温めた血液と心筋保護液の混合液)を流し、心臓を再拍動させて人工心肺を停止します。
心臓の動きが自然に回復することを確認し、止血を行いながら閉胸していきます。
⑤閉胸
患者様の全身状態に注意しながら心膜→胸骨→皮膚の順に閉じて手術終了です。
大動脈弁形成術
大動脈弁形成術は、心臓の出口にある大動脈弁がうまく機能しなくなった際に、人工弁に置き換えるのではなく、 自分の弁を残したまま修復する手術 です。
大動脈弁形成術の仕組み
様々な術式がありますが、代表的なものとして、 拡大したり変形したりした弁尖(べんせん:弁を構成する薄い膜状の部分)を切除し、その代わりに自分の心膜(心臓を包む膜)をパッチのように縫い付ける 方法があります。
これにより、大動脈弁の機能を回復させます。
大動脈弁形成術の仕組み
様々な術式がありますが、代表的なものとして、 拡大したり変形したりした弁尖(べんせん:弁を構成する薄い膜状の部分)を切除し、その代わりに自分の心膜(心臓を包む膜)をパッチのように縫い付ける 方法があります。
これにより、大動脈弁の機能を回復させます。
メリット
大動脈弁形成術のメリットは、可能な限り 自分の弁に近い状態を保てる ことです。具体的には、以下のような利点があります。
- 弁口狭窄のリスクが低い:人工弁に比べて、弁の開きが悪くなる弁口狭窄のリスクが低くなります。
- 圧較差が少ない:人工弁では弁の前後で圧力の差が生じやすいですが、自分の弁を使うことでその差を最小限に抑えられます。
- 血栓のリスクが低い:人工弁の場合、血栓(血の塊)ができるのを防ぐために、長期間にわたって薬を飲み続ける必要があります。しかし、自分の弁であれば、そのリスクが低いため、薬の服用期間も短くて済みます。
デメリット
一方で、大動脈弁形成術には、以下のようなデメリットや注意点があります。
- 全ての患者様に適応できるわけではない:弁の損傷が激しい場合や石灰化が進行している場合は、形成術が難しいことがあります。
- 高度な技術を要する:手術の難易度が高く、経験豊富な専門医のいる施設で行う必要があります。
大動脈弁形成術のメリット・デメリットまとめ表
メリット | デメリット | |
大動脈弁形成術 | * 自身の弁を残せるため、抗凝固療法が不要、または短期間で済む場合がある * 弁口の狭窄が生じにくく、血流が良好に保たれる | * 全症例に適用できるわけではない * 技術的に難しく、経験豊富な医師でなければ行えない * 再手術が必要となる可能性がある |
手技手順
具体的な手術方法は症例によって異なりますが、一般的な大動脈弁形成術は、以下のような手順で行われます。
①開胸
全身麻酔下にて、執刀医のDrが開胸を行います。皮膚→胸骨→心膜の順に切開し心臓を露出させます。
②体外循環開始
手術中の心臓と肺の役割を人工心肺という外部の装置に任せ、全身の血流を確保します。心筋保護液という薬剤を心臓に流し、一時的に心臓の動きを停止させます。
③大動脈弁の置換
心臓を一時的に停止させ、大動脈を切り開き、心臓側にある元大動脈弁を修復します。
④心臓機能の回復
切り開いた大動脈・心臓を縫合し閉じていきます。心臓の再拍動の為のHot shot(温めた血液と心筋保護液の混合液)を流し、心臓を再拍動させて人工心肺を停止します。
心臓の動きが自然に回復することを確認し、止血を行いながら閉胸していきます。
⑤閉胸
患者様の全身状態に注意しながら心膜→胸骨→皮膚の順に閉じて手術終了です。
大動脈弁置換術と大動脈弁形成術の比較まとめ表
項目 | 大動脈弁置換術 | 大動脈弁形成術 |
手術内容 | 損傷した大動脈弁を人工弁に置き換える | 自分の弁を残したまま修復する |
適応 | 広範囲の弁の損傷 石灰化が進行している場合 弁の感染症 | 弁の損傷が比較的軽度 石灰化が進んでいない場合 |
メリット | ・耐久性が高い ・再手術のリスクが低い | ・自分の弁を維持できる ・弁口狭窄のリスクが低い ・圧較差が少ない ・血栓のリスクが低い ・抗凝固療法が不要な場合がある |
デメリット | ・人工弁による血栓のリスク ・生涯にわたる抗凝固療法が必要 ・人工弁の耐久性の限界 | ・技術的に難しい ・適応が限られる ・再手術のリスクが比較的高い |
留意点 | ・人工弁の種類(機械弁、生体弁)を選択する必要がある | ・専門性の高い医療機関での手術が必要 |
入院~退院後の流れと、リハビリについて
心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。
よくある質問
こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。
大動脈弁閉鎖不全症とは何ですか?
大動脈弁閉鎖不全症は、心臓の大動脈弁が完全に閉じず、一部の血液が左心室へ逆流する状態です。これにより、左心室はより多くの血液を送り出さなければならず、心肥大や心拡大を引き起こし、心不全へと進展する可能性があります。
大動脈弁閉鎖不全症の原因は何ですか?
大動脈弁閉鎖不全症の原因には、先天性2尖弁、弁の石灰化、外傷、感染性心内膜炎、リウマチ熱、全身性エリテマトーデス、高安動脈炎などがあります。これらは、大動脈弁の器質的変化や周囲の異常によって起こります。
大動脈弁閉鎖不全症の症状は何ですか?
初期段階では症状が現れないことが多いですが、進行すると呼吸困難、疲労感、動悸、失神、胸痛、心房細動、手足のむくみなどが現れることがあります。重度の場合は心不全症状が悪化し、脳梗塞などのリスクも高まります。
大動脈弁閉鎖不全症の診断方法は何ですか?
診断方法には聴診、心電図検査、胸部X線検査、心エコー検査、血液検査、心カテーテル検査、心臓MRI検査などがあります。これらの検査により、大動脈弁の構造や機能、血流などが確認されます。大動脈弁狭窄症の診断には、聴診、心電図検査、胸部X線検査、心エコー検査、血液検査、心カテーテル検査、心臓MRIなどが用いられます。
大動脈弁閉鎖不全症の治療法は何ですか?
治療法には保存的治療(経過観察、薬物療法、生活習慣の改善、対症療法)と外科的治療(大動脈弁置換術、大動脈弁形成術)があります。保存的治療は症状の管理に重点を置き、外科的治療は症状の緩和や心臓の機能の改善を目指します。
関連コラム
【参考文献】
・一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case6/about5.htm#6-5-2・弁膜症治療のガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf
心疾患情報執筆者
竹口 昌志
看護師
プロフィール
看護師歴:11年
《主な業務歴》
・心臓血管センター業務
(循環器内科・心臓血管外科病棟)
・救命救急センター業務
(ER、血管造影室[心血管カテーテル、脳血管カテーテル]
内視鏡室、CT・MRI・TV室など)
・手術室業務
・新型コロナウイルス関連業務
(PCR検査センター、コロナ救急外来、HCU、コロナ病棟、
コロナ療養型ホテル、コールセンター)